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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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167.心の内

 その声が聞こえた瞬間、セノはそれが聞こえた方へ向かってすぐに走り出し、それに続いてイティルとシースも同時に走り出した。

 セノがつけていた耳飾は完全に色をなくしていた。どうやら先日の使用の際に僅かだけ魔力を残しておき、今それを使いきったようであった。ハンカチを取り出したのは、念には念を入れて耳飾から注目を逸らし、通信をしようとしていると気がつかれないようにするためだったのだろう。

 ネグルドニは突然起きた予想外の出来事に呆然としていたが、はっとして「待て!」と三人の後を追いかけようとした。

 しかしそれをデッガーが羽交い絞めにして捕まえる。


「どうやらお前は黒みたいだな。 行かせねぇよ」


「やめろ! 離せ! 離せぇぇぇぇ!!!」


 ネグルドニは両手両足をばたつかせその拘束から逃れようと試みているが、デッガーの怪力の前にそれは無力であり、ただ体力を消耗するのみであった。

 ネグルドニの声を聞いた使用人が何人か姿を現し、一体何事かと近付いてこようとしたが、デッガーが睨みを利かせると竦みあがってその場に立ち尽くしてしまった。

 リエティールは事態が飲み込めず右往左往していたが、この場にいても仕方が無いと判断し、先に行ったセノ達を追いかけることにし、三人が駆け上がっていった階段を早足で登った。


 階段を上った先に三人がいて、一つの大きな絵画に手を掛けているところであった。絵画は至って普通の風景画であるが、その大きさはデッガーの背丈以上の高さがあり、壁を覆いつくす程であった。

 このような状況で無ければ、そこは特に何の変哲も無い絵画の飾られた廊下であったのだろうが、今は無視をすることができないものであった。


「持ち上げるぞ」


 イティルとシースが絵画の両端をそれぞれ持ち、掛け声をかけて一気に持ち上げ壁から取り外す。

 絵画を横にどけると、そこには壁と同じ色の扉が隠されていた。そして激しい物音は確かにそこから聞こえていた。

 一見すると、扉のように隙間があるだけで、ただの壁に見えるが、セノはその部分に手を当てて慎重に探っていく。そして、ある一点に触れると、その部分が奥に沈みこむように引っ込み、手をかけることが出来るようになった。どうやら、普段は何の変哲も無い見た目をしているが、一部分だけが押し込めるようになっており、ドアノブとして使えるようになる隠し扉のようであった。

 セノは勢いよく扉を開け放つ。するとそこには小さな部屋があり、その中央にある椅子に、紐で両手足を縛られたエゼールが座らされていた。


「……っ!」


「怖かったでしょう、もう大丈夫です。」


 目に涙を浮かべて声を出そうとするエゼールに、セノは優しく声をかけて布を解いていく。全ての紐を解くと、エゼールは立ち上がってセノに抱きついた。


「セノさんっ……!」


 震える声で名前を呼ぶ彼女を、セノは優しく抱きとめ、安心させるようにそっと背を摩り、頭を撫でた。

 その光景を見て、イティルとシース、そしてリエティールも、エゼールが無事であったことに安堵の表情を浮かべる。

 それから間もなく、階段を登る足音が聞こえてきて、全員がそちらを振り返った。


「無事だったみてぇだな」


 上がってきたのはデッガーで、その腕にはがっちりとネグルドニが抱えられている。ネグルドニはもう抵抗する体力が無いのか、息を切らせた状態で無気力にうなだれていた。


「はい。 誘拐及び監禁の事実が確認されたため、これで容疑が確定しました。 ネグルドニ様は……」


「ま、待ってくれ! 話を、話を聞いてくれ……っ! 頼むっ!」


 イティルが話している途中で、ネグルドニががばっと顔を上げて叫ぶように訴える。


「なんですか? 詳しい話は本部についてから……」


「違う! 違うんだ! 僕は、僕は……エジーを閉じ込めたりなんかしたくなかったんだ! 閉じ込めたって、エジーが僕を好きになってくれるなんて、そんなこと考えてないんだ! 本当だっ!」


 冷たい視線を向けられてなお、ネグルドニは懸命にそう訴えた。その必死の形相は、嘘だとばっさり切り捨てることはできなかった。


「……今回のことは、貴方の計略ではなかったと、そう言いたいのですか?」


 シースが訝しげな表情でそう聞き返すと、ネグルドニは大きく首を縦に振った。


「そ、そうだっ! 僕は母上に命令されて、逆らえなくて……こうするしかなかったんだ……!」


「母上?」


 ピクリ、と。ネグルドニの言葉に真っ先に反応したのは彼を抱えているデッガーであった。「母上」と言う言葉に顔をしかめ、視線を鋭くしてネグルドニを睨みつけて問い詰める。


「それは誰だ? 名前を言え」


「ひ、ひいぃっ!! ね、ネクシブ! 母上の名前はネクシブだよ……! っひぎぃぃぃっ!!!」


 あまりの迫力にネグルドニの顔は蒼白になり、上ずった声でその名前を言った。そしてその名前を聞いた瞬間、デッガーの顔はより一層厳しくなり、全身が強張る。腕に入る力も強くなり、限界まで締め付けられたネグルドニは悲鳴を上げることしかできなかった。


「デッガーさん……」


 彼の様子を見て不安げにリエティールが呟くと、それを聞いた彼ははっとして力を緩める。腕から解放されたネグルドニは今にも倒れそうな意識朦朧の状態で、今度はイティルに確保された。


「すう……はぁ……抑えろ、抑えろ……」


 深呼吸をして自分に言い聞かせるようにそう呟くデッガーの様子は尋常ではなく、彼の心の内が酷く荒れているであろう事は、それを見れば誰でもわかった。

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