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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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166.疑い

「突然申し訳ありません、私は巡邏隊エシロップの者です。 この屋敷の住人がとある事件に関係があると疑われており調査に来ました。 少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


「え、あの、その……」


 イティルの言葉に、使用人は明らかに狼狽えていた。持っていた掃除道具を一層強く握り締め、視線は合わせたり逸らせたりと忙しない。


「どんな些細なことでも構いません。 最近この屋敷であったことを教えてください。 例えば、来客があったか……」

「す、すみません! ご主人様に何も話すなと言われておりまして……その、すみません……!」


 問いかけの途中で使用人はそう言い放ち、逃げるようにその場を走り去ってしまった。


「どうやら口止めはしっかりとされているようですね」


「はい。 しかしこれで、この屋敷で何か起こっている、という可能性がより高くなりました」


 セノの呟きにシースが答える。使用人のあの異様な慌て方は、明らかにこの屋敷の住人が何らかの事件に関わっていることを示していた。

 確信を抱きつつ、少し歩いて出会った別の使用人に声をかける。しかしやはりその使用人も口止めをされており、手がかりになるようなことを話さずに逃げ出してしまった。

 それから数度使用人に出会うことはあったものの、誰も情報を口にすることは無かった。どうやら相当圧力をかけられているようであり、皆一様に怯えた顔をして逃げるように姿を消してしまうのであった。


「このままでは埒が明きません。 やはり疑っている本人に話を聞くのが一番でしょう……」


 仕方が無いと判断し、イティルがそう全員に話しかけているときであった。


「おい、煩いぞ! 何をしている!」


 そんな声が二階の方から聞こえ、それと共に階段を下りる大きな足音が響く。五人がそちらへ向くと、階段を降りてきたのはネグルドニその人であった。

 彼は五人を目にすると、睨みつけながらこう言い放った。


「誰だお前達は! 許可無くこの屋敷に踏み入るなど何を考えている! 門番は何をしているんだ!」


 彼の目には確実に巡邏隊の二人の姿が映っているはずなのだが、どうやら彼は巡邏隊の制服を知らないようであり、


「我々は巡邏隊です。 こちらのお三方は我々の調査に協力していただいております。 屋敷に立ち入って調査する許可はいただいておりますが、お声がけせずに申し訳ありません」


とイティルが名乗ると、


「え、巡邏隊だと?」


と一瞬動揺を見せたが、すぐに平静を装う。そうしてこう尋ねてきた。


「一体何の調査だって言うんだ? 僕や父上が何かしたとでもいうのか?」


 その口調は非常に自然で、演戯だとすればかなり上手いだろう。しかし先ほど見せた一瞬の焦りの表情に、イティルとシース、そして三人もまた、彼に対しての疑いをより強めていた。


「エゼール・ラツィルク様の失踪事件です。 そして、貴方方に拉致、および監禁もしくは軟禁の容疑がかけられております」


「エ、エジーが失踪だと!? そんな、し、知らない、聞いていない!」


 エゼールの名が出た瞬間、彼の顔色がさっと変わり、捲くし立てるようにそう言い放った。顔には焦りがありありと浮かんでおり、今にも掴みかかりそうな勢いである。

 彼に対して疑いの気持ちが無いのであれば、それはエゼールの身を案じているようにも見えただろう。しかし、今この場にいる五人にとっては、それは誤魔化すために必死にそう演戯しているようにしか見えない。

 冷たい視線のまま、シースが問いかけた。


「では、ここにエゼール様はいらっしゃっていないと?」


「そうだ! エジーは来ていない!」


「そうですか。 それでは、それ以外の客人は?」


 ネグルドニが必死な様子なのに対して、シースは至って冷静に問い続ける。


「それ以外……あ、ああ! 以前父上が一人客を連れてきた!」


「使用人が一人減ったということは?」


 使用人のことに関しては使用人からも聞いておらず、門番の証言からの推測でしかないが、その部分を明らかにするための鎌掛けであった。

 ネグルドニはその問いかけに一度言葉に詰まったが、


「そんなこと知らない! 使用人がどうなんて、父上に聞かなければ、僕の知ることじゃない!」


と答えた。ここでもし彼が知っているようなことを少しでも口走れば一人入って一人出ていったという証言との矛盾で問い詰めることもできたが、どうやらここは上手く躱されたようである。


「では、私から一つ」


 問いかけが途切れたところで、セノが一歩歩み出てそう言った。以前自分が因縁をつけようとした相手が目の前に出てきたことで、ネグルドニも警戒する姿勢を見せ、口を噤んでその顔をじっと見る。

 セノはそんな彼の様子など気に留めたそぶりもせずに、ポケットに入れていた手を取り出す。その手にはハンカチが持たれており、顔の汗を拭くようにそれを顔の方へと持っていく。

 一体何をするつもりなのかと、一挙一動を凝視するネグルドニの前で、彼はその手を耳元へと持ってくると、こう言った。


「叫んでください」


「……は?」


 予想だにしなかった言葉に、ネグルドニはそう間の抜けた声を出し、ポカンと口を開けた。

 しかし、セノの視線は全くネグルドニには向いていなかった。

 そして──。


「……助けてくださいっ!」


 屋敷の奥から、そう叫び声が響き渡ってきた。

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