165.邸宅
五人が向かう先はプレホン商会の本部、ではなく家の方である。会長であるデッドリグは本部の方にいるのだろうが、その息子であるネグルドニは滅多に家から出てこない、といわれているのは商人達の間では知られた話である。その情報を踏まえたうえで、エゼール誘拐の犯人がネグルドニだと仮定すれば、エゼールがいるのも自宅の方だろうと推測していた。
その家は貴族のものと見間違えるほど立派なものであった。まさしく邸宅であり、貴族街に並んでいても違和感は無いであろう程豪奢な構えで、一人ではあるが表の玄関横にはしっかりと警備がついている。
その人物は、五人が近付いてくるのを初めは怪訝そうな顔で、そしてそのなかに巡邏隊がいるのを確認すると驚いた顔で見ていた。
「ここがデッドリグ様のご自宅で間違いないでしょうか」
巡邏隊の一人、イティルがそう尋ねると、警備の男は頷きつつもこう尋ねかえす。
「はい、そうですが……巡邏隊の方が何の御用でしょうか?」
その尋ね方は不審ではなく、心から不思議に思っている、という調子であった。
商会と巡邏隊という組み合わせになると、商会の資料などに不正が見つかった可能性などが上げられるが、プレホン商会は今まで一度もそのような問題を起こしたことが無かった。言葉巧みに人を動かし利益を上げることはしても、そう言った面での不正は一切行わず、まさしく「立派な商会」と言うに相応しい商会なのである。
それを知っている警備にとって、巡邏隊がやってくるというのは予想外のことだったのであろう。
「ネグルドニ様に誘拐の容疑が掛かっております」
イティルがそうきっぱりと言い放つと、酷く驚いた顔をして数秒の間絶句した。その様子を見るに、彼は全く心当たりが無いのだろう。
「ま、まさか、そのような……それは本当ですか?」
信じられない、といった様子でそう言う彼に、イティルとシースは頷いて肯定する。続けてシースが彼にこう尋ねた。
「それを確かめるために来たのです。 被害者は一人の女性なのですが、何か心当たりはありませんか?」
その問いに彼は考え込むように少し唸った後、「あ」と声を上げてこう話した。
「そういえば数日前、ネグルドニ様が女性を連れてお帰りになったのを見ました。 ですが、その後すぐに女性が帰っていくのも見ました」
「その女性の外見は覚えていますか?」
シースがすかさずそう訊く。警備の男はその勢いに怯みつつも、必死に思い出そうと首を捻る。
「ええと、確か……顔はよく覚えていませんが、茶色い長髪の方でした。
……あ、ですが、帰りは大きな帽子を被っていました。 いらっしゃった際は持っていらっしゃらなかったと思いますが……」
それを聞いたイティルとシースは顔を見合わせて頷く。セノも同じ答えに行き着いたのか、確信を持った顔をする。リエティールとデッガー、それから警備の男はピンと来ていないため、各々不思議そうに三人を見た。そんな様子に気がついたイティルは、自分達の考えを話し始めた。
「入っていった女性は我々が探している人物だとして、出ていった女性、それは別人だと推測します。 恐らく使用人の誰かを口止めした上で変装させ、出て行かせたのでしょう。
体形の近い者を選び、服装や髪型は似たものを揃え、唯一変えようの無い顔はその帽子で見えづらくして誤魔化したのでしょう」
納得した様子を見せるリエティールとデッガーとは違い、警備の男は疑問を呈する。
「で、ですが……入ってきた女性がそもそも別人だという可能性があります。 帽子も単純に贈り物かもしれませんし……」
その主張は最もだろう。茶色い長髪だというだけでエゼールだとは決めつけられない。それに加え、警備として雇われている身である彼としては、その雇い主であるデッドリグとその家族であるネグルドニは庇うべき存在である。
「その可能性もあります。 ですが、疑いが掛かっている以上調査はさせていただきます」
イティルは男の言い分を聞きつつも切り捨て、屋敷の中に入ろうとする。しかし男がそれを黙って見過ごせるわけも無い。
「ま、待ってください! いくら巡邏隊とはいえ、家主の許可無く入ることは──」
「ああ、申し訳ありません。 上から調査許可が出ていることをお伝えそびれておりました」
そう言ってシースは一枚の書状を警備の男に見せる。そこにはデッドリグ邸への捜査を許可するという内容が、しっかりとサインつきで書かれていた。この書状がある以上、いかなる理由であっても巡邏隊を拒むことはできないという決まりがある。
リエティールがセノに相談してから今日まで時間が掛かったのは、この許可書状を少ない証拠で説得して手に入れるためでもあった。
「それから、こちらの方々は今回の件の重要参考人であります。 我々が同行許可を出しておりますので、御気になさらず」
イティルが三人を示してそう付け加える。巡邏隊ではない三人が入るのを止めてくるだろうと思い、先回りしてそう言ったのだ。
書状を見せられ、そこまで言われてしまえば、警備の男はこれ以上食い下がることはできない。複雑そうな面持ちをしながらも、渋々と言った調子で「わかりました……」と言い、扉の前から身を引いた。
扉を開いて中に入ると、そこにいた使用人と目が合う。その女性は突然現れた五人に明らかに狼狽えていた。
外での仕事をしている警備の男は事情を全く知らないようであったが、内部で働いている使用人達は何らかの事情を知っていそうだ、とイティル達は感づく。ちなみにリエティールはそこまで分かってはいない。
イティル達は早速、その使用人に話を聞くことにした。




