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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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162.もしもの話

 耳飾を外すセノに対して、リエティールは今聞いたことが信じられないと言った様子で聞き返す。


「本当に、プレホン商会だって言ったのですか?」


 その問いにセノは頷き、不思議そうな表情で問い返す。


「はい。 私としては想像の範囲内だったのですが……何かおかしな点がございましたか?」


「プレホンさんは、いい人そうでした……」


 リエティールの中では、プレホンという人物は「派手ではあるがしつこくなく常識的な人」であり、またエゼール自身も彼をそこまで嫌っている様子ではなかった、というのが意外に思った理由であった。

 しかし、それを聞いたセノは、複雑そうな顔をして言い聞かせるようにこう言った。


「商人と言うのは、全てではありませんが狡猾な人物が多いものです。

 名のある大商会の会長となれば尚の事、巧みな話術で本心を隠すことなど難しいことではありません。 交渉の素人であれば、簡単に信じ込ませ偽ることも可能です。

 ……それに、これは個人的な意見ですが、あのネグルドニという方は何をしてもおかしくはないと思います」


 話しているうちに、彼の顔には嫌悪の色がありありと浮かぶ。どうやらネグルドニのことを心から好ましく思っていないようである。

 リエティールもまた、先日のパーティでのひと悶着を思い返すと、たしかに彼であればエゼールに対して何かをする可能性は十分にあると思った。

 彼女が納得の表情を浮かべたのを見て、セノが話を続ける。


「それから、先ほどの会話に終わりに、彼女は慌てて口を噤んだ様子でした。 もしかすると、誰かに会話をしていたのを聞かれたかもしれません」


 その言葉に、リエティールは焦りを顔に浮かべる。もしも外部と連絡したと気がつかれたならば、その内容を聞き出そうとして暴力を振るわれてしまうかもしれない、と思ったのである。

 セノも内心は焦っているはずではあるが、リエティールを静止するように掌を彼女の顔の前にそっと差し出した。


「ここで私達がいくら怪しもうと、簡単に商会へ立ち入り調査をすることはできません。

 本来であればこれは巡邏隊(エシロップ)の仕事です。 私のような城の兵士が勝手に調査するなどもってのほかです。

 ですが……彼女のことは心配です。 できれば私もこの手で解決に尽力したいと思っております。

 この件については、この後上と巡邏隊と話し合い、調査が可能になるよう交渉します。

 ただ、この魔道具スルートで居場所を聞いただけとなると、説得は一筋縄ではいかないでしょう。 早い内に目処をつけたいとは思いますが、実際に行動に出られるのは数日後になるかと思います。

 決まり次第こちらから連絡をしますので、今日のところはこれで解散としてもよろしいでしょうか?」


 セノの目は真剣であり、静かな目の奥には怒りの火が燃えているようにさえ感じられる。それ程彼の真剣さが強く滲み出ていた。

 彼には彼の仕事がまだあるはずなのであるが、それに関して何かを言うのは、今は野暮と言うものだろう。

 リエティールは頷き、


「よろしくお願いします」


と頭を下げた。セノも頷いて「任せてください」と答えると、二人は立ち上がり城門まで歩き、そこで別れた。


 帰り際、エゼールの宿泊先にもう一度立ち寄ってみたが、やはり戻ってきてはいないようで、リエティールはただはやく、交渉が上手くいき一刻も早く実行できる日が来るように祈るしかなかった。


 特に予定も無く暇になったリエティールは、当ても無く街中を歩き回ることにした。道の脇に時折現れる屋台に立ち寄り、食べ歩き用の食べ物を幾つか買って昼食とし、立ち並ぶ店を眺めていった。

 それで分かることは、プレホン商会がいかに巨大な組織であることか、であった。

 多くの店先にはプレホン商会の運営であることをしめすシンボルマークが掲げられ、下か真上でも向かなければ、それが視界の中に入らないことは無いだろう。

 大きい商会だとは聞いていたが、あらためてその事実を認識すると、その強大さに思わず眩暈がしそうな程であった。


(プレホンさんが、本当は悪い人だったら……)


 今回の件がネグルドニ一人の独断で起こしたもので、プレホンが認知していなければ、ネグルドニだけが責任を取って罰を与えられるだけで済まされるだろう。

 しかしもし会長であるプレホンが認知し、それを誤魔化しているのだとすれば、大事件である。

 巡邏隊だけで捜査するのであれば、判明したところで上手く隠蔽して何事も無かったかのように振舞うかもしれない。

 だがそこに城の兵士であるセノが加わるとなると、確実に他の城の関係者達に広められるだろう。他の兵士であったならばまだしも、セノは確実にそれを隠したりはしないだろう。ネグルドニに対して悪い印象を抱き、更に親しい間柄であるエゼールが被害者という状況であれば、恐らくどんな好条件を提示されたところで、彼がプレホン商会側につくことはないだろう。少なくとも、リエティールにはその状態は想像できなかった。


(それは……どうなっちゃうんだろう?)


 国に多大な貢献をしている大商会が問題を起こしたことが明かされた時、一体どうなってしまうのか。リエティールにはとても想像はできなかった。

 さして大きな問題にならず、揉み消されるかもしれない。大問題として公になり、他のライバル商会がここぞとばかりに糾弾して潰しにかかるかもしれない。

 どうなるのかは全て城の判断次第である。


(でも、まだ本当にプレホン商会が問題を起こしたとは決まってないから……)


 色々考えても仕方が無い、と頭を振る。セノのどこにいるかと言う問いに対して、エゼールがプレホン商会と言っただけであり、まだプレホン商会が事件の主犯と決まったわけでない。

 リエティールは、エゼールが事件に巻き込まれていないことを祈りつつ、しかしその可能性はきっと無いだろうと思いながら、歩を進めるのであった。

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