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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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15.エフナラヴァ

 少女は姿勢を正して氷竜エキ・ノガードに向き合う。氷竜は黙ってそれを見つめ、少女が口を開くのを待った。


「あ、あなたは、本当に、氷竜、なのですか?」


 緊張しつつも言葉を紡ぐ少女に、氷竜はゆっくりと頷いて答えた。


『いかにも、我はドラジルブ。 ナムフはそう呼ぶ』


 もしかしたら違うかも、といった想像もしていた少女であったが、やはり肯定され、一層緊張した面持ちとなる。顔を強張らせる少女をみて、氷竜の表情がどこと無く柔らかくなる。


『そう恐れるな、人の子よ。 我はお前に害は為さぬ』


 先ほどの言葉よりも幾分か優しくなった語調に、少女は根拠の無い安心感を覚えた。もしかしたら女性に言い聞かされたように人間にとっては危険な存在であり、油断させる為に言っているのかもしれない、という可能性も彼女の中にはあったのだが、なぜか違うと思えてしまうのであった。

 それも、似ても似つかないはずの氷竜の顔、その表情に、どこか女性の面影を見てしまうからなのであろう、と少女は思った。


「では、なぜ、ですか?」


 少女のその問いに、氷竜は理解できないといった様子で首を傾げる。もしもここで氷竜が訝しむような素振りか、あるいはあからさまな誤魔化す態度を取っていたならば、少女は自分の中にある小さな疑いが正しいのだろうと思っていたかもしれないが、氷竜は本当に疑問に思っているようであった。

 少女は続ける。


「なぜ、私を、助けた、のです、か?」


 それを聞いた氷竜は、小さく笑みを浮かべると、


『当然であろう。 お前は「我が子」を助けようとした恩人であるのだぞ』


と言った。そう答えられた少女は間抜けに口を開けたまま、理解できないといった様子で数秒固まった後、


「我が、子……?」


と口にするのがやっとであった。氷竜の子どもを助けようとしたといわれても、彼女にはピンと来ない。

 そもそも氷竜に子どもがいたということに対して驚きを隠せない。古種というのは遥か昔の時代から生き続けているのだと教えられたため、永遠に生き、子は為さないものだと思い込んでいたのだ。

 しかしその子どもがいたとして、やはり少女には自分が「恩人」などと言われて助けられる道理が分からなかった。倒れる前の記憶を辿ってみても、朦朧とする意識の中で自分が何をしていたのかもはっきり思い出せないのだ。


 少女がそんな風に思案していると、氷竜は自らの背後に向かって「クオオン」と一鳴きした。その声はグラスハープのように響き渡る。その美しさに少女が思わず顔を上げると、続けて聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「キュウウ!」

「! その、声……」


 少女がハッとして目を見張ると、氷竜の後ろから小さな白い生き物が飛び出してきて、少女の前に躍り出る。

 それはまさしく、少女が意識を失う直前に守ろうとした小さな「何か」であった。ほぼ無意識下の行動であった為に中々思い出せずにいた記憶が、少女の中で鮮明に浮かび上がってきた。その声も、色も大きさも、記憶の中のものと一致していた。


『それが我が子、「エフナラヴァ」だ』

「キュウー!」


 エフナラヴァと呼ばれた小さな生き物は、少女にスリスリと頭をこすりつけて甘えてくる。突然のことに困惑しながらも、少女はそのひんやりとした頭にそっと手を触れて撫でつつ、姿を観察した。

 全体的な姿は、氷竜を小さくし、すこし丸みを帯びさせたような形をしている。手足の爪も、尖った形をしているが短く、触れてもそこまで痛くは無い。全身を覆う鱗は氷竜と同じく真っ白で、オーロラのような皮膜も、瞳の色も、氷竜と同じで、まさしく氷竜の子ども、といった容貌であった。

 しかし性格は落ち着いた氷竜に対して、無邪気であり、いくら助けてくれた相手とはいえ見ず知らずの、種族も違う相手にいきなり飛びついて甘える様子からは、警戒心が薄いようにも見えた。


「なぜ、この子は追われていたの、ですか?」


 少女がそう尋ねると、氷竜の表情はどこか苦々しいものに変化した。


『それは……、己の不甲斐なさを呪うばかりであるな。

 本来であれば休まず探知をし続け、成長するまで目を離さないものであるのだが、如何せん今の我には力が足りない。 そうずっと使えないのでな、休息のために隙が生まれるのだ。

 これは好奇心が旺盛でまだ落ち着きが無い故に、時折こうして逃げ出すのだ。

 精神が未熟な為に我の言うことを聞いてくれぬのだ。 何度も危険な目にあっているというのに……。

 全く、老いたこの身が嘆かわしい……』


 氷竜はため息混じりにそう語ると、エフナラヴァを鋭く睨みつける。睨まれた子竜は縮こまり、申し訳なさげな表情で「キュ……」と鳴いた。恐らく、こうしたやりとりは何度も繰り返されているのであろうが、時が経てばこの子竜はけろりと忘れてしまうのであろう。


「古種は、不老不死、だと……」


 てっきりそう思い込んでいた少女にとって、子どもに翻弄され、老いたと嘆く氷竜の姿は信じられないものであった。氷竜の美しい姿からは、とても老いているようには思えなかった。


『我も生き物故、寿命はある。 それが他の種族より遥かに長いだけだ。

 ……尤も、神に直接生み出された者には、寿命は無いのだが』


 後半は、憂いのある顔で俯きながら、呟く様に言ったため、少女に聞こえることは無かった。


「でも、そんな状態で、この子を見ているのは、大変じゃ……?」

『うむ、できれば我がまだ衰える前にこの子を為したかったのであるのだが、どうしようもない事情があったのでな……。

 老いてさえいなければ、我が子が成長するまで見守るというのは、そう難しいことではなかったのだが……』


 ほとほと困り果てた、という様子で子竜を見る氷竜に、少女は意を決したという表情で氷竜に言った。


「あの、私を、ここに住まわせて、くれませんか?

 私は、帰る場所が無いのです。 この子の相手をする位なら、きっと出来ると思います。

 水も食べ物も、贅沢は言いません。 だから、その、お願いします」


 そう頭を下げる少女を、子竜は不思議そうに見つめ、氷竜は驚き、そして穏やかに微笑んだ。


『構わぬ。 寧ろ、こちらから頼みたい程だ。

 水も食事も心配するでない。 恩人を苦しめるような真似はせん。

 これからはよろしく頼むぞ』


 その言葉に、少女は顔を上げて明るい笑顔になった。傍らの子竜も、意味が分かっているのかいないのか、つられるようにして嬉しそうに「キュッキュッ」と鳴く。


 こうして少女は目前に迫った死の運命を免れ、新たに数奇な運命を辿ることとなる。

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