158.霊獣種と魔力
「それにしても、本当に助かった。 いつ戻ってきたんだ?」
「ついさっきだよー。 お城にいったら、なんか大変なことになってるから助けにいってくれって言われてさー。 んー、間に合ってよかったよかった。
でもこんな危ない事して、後でナイドにこっ酷く怒られるんじゃないのー?」
「そ、それは……仕方が無い。 考えが甘かった自分の責任が大きい。 大人しく叱られるとしよう……」
リーフスとピールがそんな風に会話をしている間、リエティールはピールの横に大人しく控えているウォラを見ていた。
スラリとした体格と凛としたたたずまいは、大きな体でありながら粗雑ではなく優美な雰囲気を纏っている。長く伸びた頭部の飾り羽と尾羽がゆったりと揺れているのは、風の霊獣種である故であろう。
(これが、霊獣種……)
初めて見るその神秘的な存在にリエティールがぼうっと見とれていると、不意にウォラが顔を向け、お互いに目があった。
その瞬間、リエティールは思わず体を強張らせて身構えてしまった。それは今まで人間以外と目が合うと碌なことが無かったため、霊獣種であるウォラも何かしらの激しい反応を示すのではないかと思ったからであった。
しかし、そんな彼女の心配を余所に、ウォラは驚いたように目を開いて動きを止めた後、ゆっくりと歩み出てリエティールの前まで近寄ると、まるで跪くように身を低くし、頭を垂れたのである。
「え……?」
思いも寄らない出来事に思わず驚きの声を上げると、リーフスとピールも振り返り、同じように驚いた顔をした。当然、横にいたデッガーも驚いており、目の前の光景が信じられないと言った様子で固まっていた。そして近くにいた一部の兵士やエルトネも、何が起きているのかは分からないながらも不思議な光景にざわついていた。
そんな中、一番最初に声を出したのはピールであった。
「びっくりした! ウォラがそんなことするなんて、初めて見たよー!」
喋り方は変わっていないが、先ほどまで眠たげだった垂れ目を見開いている様子を見ると、本当に珍しいことが起きているのだということは分かった。
隣のリーフスも頷いて、
「ウォラのような力のある霊獣種が初対面の人間相手に跪くなど、今まで聞いたことも無い……」
と驚嘆した様子で話した。
「そうだなー……ちょっと撫でてあげてみてよ。 きっと喜ぶと思うよー」
ピールにそう言われ、リエティールは戸惑いながらも言われたままにそっと手を伸ばし、恐る恐るその頭に触れて手を動かす。するとウォラは、先ほどピールに撫でられた時と同じように「ぴぃ」と甘えた声で鳴いた。
それを聞いたピールは、
「本当に懐いてるんだ……ウォラがこんなになるなんて、正直信じられないよー。 僕だって、頭を撫でられるようになるまで結構掛かったのになー」
と、どこか拗ねたように言った。それを聞いたウォラは、心なしか慌てた様子で顔を上げるとピールの元へ戻っていった。
戻ってきたウォラを撫でながら、彼はリエティールに尋ねた。
「キミって、もしかして物凄い魔術師だったりするの?」
「えっ!? え、えっと……」
突然の質問にどう答えるべきか考え倦ねていると、隣にいたデッガーが変わりにこう答えた。
「いや、こいつは駆け出しのエルトネだ。 まあ、確かに潜在能力は高いが……」
彼はリエティールが魔法を使えることは知らないため、助け舟を出したわけではなく正直に答えたつもりなのであるが、この場合はリエティールの秘密を上手く誤魔化すことになり、リエティールは心の中でほっと安堵しデッガーに感謝をした。
デッガーの言葉は嘘ではないと捉えたピールは、「そっかー」と不思議そうに呟いて思案顔になる。
「あの、霊獣種と魔術師は、なにか関係があるのですか?」
リエティールがそう疑問を口にすると、リーフスがそれに対して答えた。
「霊獣種が元々魔力そのものの存在である精霊種である、と言うことは知っているか?
霊獣種になっても、その存在が魔力本位のものであることには変わりない。 そのため、相手が自分の認めうるだけの魔力の保有者であれば無条件で従うものが多い。
つまり、霊獣種を従えている霊獣使いの多くは元々魔術師だった、という人物が多いんだ」
リエティールは、自分の知らなかったことに感心すると共に、ウォラが自分にあのような態度をとったのは氷竜の魔力のせいであるということを理解した。
「……まあ、必ずしも魔力を持っていなければならない、と言うわけではない。 それこそ、一目見て気に入られた、と言う者もいるにはいるが……」
リーフスはリエティールが魔法を使えることを知っているため、誤魔化すようにそう付け加えた。
「僕の場合は、ウォラはお父さんと契約していたから、小さい頃からずっと一緒にいて仲良くなったんだよー。 だから……キミのことはちょっとずるいなって思ったなー」
ピールはそう言って口を尖らせる。やや棘のある言い方ではあったが、そこにあるのは敵意のようなものではなく、子どもの嫉妬のようなものであった。そんな彼に対して、リエティールはただ苦笑いをするしかなかった。
「……どっちが子どもなんだか」
リーフスはそう呟いて、はぁ、とため息を漏らした。そういう彼もまた年齢で言えば未成年なのだが、それをつっこむ者はこの場にはいなかった。
傍で見ていたデッガーは、なんだかなぁ、といった思いで複雑な表情を浮かべていた。




