155.自分にだけできること
「離れてくださいっ!」
突然、リエティールはリーフスに向かってそう叫ぶ。リーフスは急に言われたことで驚いていたようだが、驚きつつも動きを止めずに後ろに飛び退いて距離をとった。
その時には既に、リエティールは上、大穴の先を見つめていた。
──タンッ、タンッ……
その音は先程よりもよりはっきり聞こえ、更にそれに混ざって声のようなものも聞こえてくる。リーフスもそれに気がついたのか、ニログナを注視しつつも、何が起きても良いように防御の体勢を取っている。ニログナはいきなりリーフスが距離をとったことを警戒しているのか、上空には目をやらずリーフスを睨みつけていた。
そして──
「喰らいやがれええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
そんな叫び声と共に、大穴から大剣を振り下ろしたデッガーが姿を現し、流星の如き勢いでニログナ目掛けて飛び込んだのである。
彼の大剣はそのままニログナの背と衝突し、
ドガァンッ!!!!
「ギャアアアァァァァァアアァァッッ!!??」
爆発音のような轟音を響かせ、ニログナの背の鱗を破壊し、同時に悲痛な叫び声が鳴り渡る。
パラパラと鱗の破片が降り注ぐ中、デッガーはニログナの背から飛んで着地すると、二人の方を順に見て、
「無事で何よりだ」
と言った。
リーフスは目の前で起きた光景に度肝を抜かれたのか、呆気にとられた顔でいたが、「あ、あぁ……」となんとか返事をすることだけはできた。
リエティールは、
「デッガーさん!」
と嬉しそうにその名を呼びながら駆け寄っていく。緊張が解けて抱きつきそうな勢いで走り寄ってくる彼女を、デッガーは頭に手を置いて停止させる。そしてそのままその髪をくしゃり、と軽く撫でるように動かすと、
「……ま、こんな怪物相手に生き残ったことは褒めてやるよ」
と顔を逸らしながら言った。
その言葉にリエティールは嬉しさを感じたものの、同時に悔しさのような感情も沸き起こった。
デッガーはリエティールが魔法を使えることを知らないため、彼の想像の中では恐らく彼女も戦っていたのだろうが、実際は直接の戦闘はリーフスだけで、リエティール自身は遠くから援護していただけである。しかも、折角攻撃を避ける技術を教わったというのに、それを活かせず不意打ちをまともにくらい、危うく死に掛けたのだ。
結局自分は、以前ヤーニッグと戦った時から成長できず、誰かの助けを待つことしかできないのかと、そう思い顔を俯けた。
そんな彼女の様子を怪訝に思ったのか、デッガーは少し振り向くと何か言いたげな表情で彼女を見たが、次の瞬間にははっとした様子で再び顔を動かす。
その視線は倒れこんでいたニログナの方に向いており、デッガーは視線を険しくしながら、
「まだだ」
と呟いた。
その声にリエティールは顔を上げ、リーフスも表情を引き締める。そして二人は同じようにニログナへと視線を向ける。
「ゴォ……ガ、ァ……!!」
ニログナは呻き声を上げながら、地に伏した体をゆっくりと持ち上げようとする。
先ほどのデッガーの一撃をまともに受けた様子を見れば、もう力尽きていてもおかしくないと思えたが、ニログナは背から大量の血を流しながらも、その目に憤怒を宿して起き上がったのである。
「流石は上位種、と言ったところか」
予想外のタフさに、リーフスは思わずそう呟く。デッガーも同意するように頷いた。
「だが、満身創痍なのには違いない。 後一撃でもあの傷口に叩き込めば、痛みで気絶くらいはさせられるだろう」
立ち上がったニログナを見上げながら、デッガーはそう言う。
「しかし、もう上を取れない……どうすればいい?」
デッガーの言葉にリーフスが尋ねる。
デッガーは僅かに考えた後、その視線をリエティールに向ける。
「お前、いけるか」
「え?」
いきなりそう言われ、何のことかとキョトンとするリエティールに、デッガーは自分の考えを説明する。
「俺がお前を、あいつの背中まで投げる。 そしたらお前がその槍であいつの傷に攻撃するんだ。
できれば俺が行きたい気持ちは山々だが、流石に自分を投げることはできねぇ。 隊長は鎧を着ているから難しいし、脱いでもらう時間もねぇ。
だから、お前が適任だ。 いけるな?」
それを聞いて、リエティールはますます驚いて、驚いた顔のままニログナを見る。
自分が、必要とされている。
その事実に、リエティールは高揚感を覚え、胸が高鳴るのを感じる。
「……はい、できます!」
気合の篭った顔でデッガーにそう振り向いて言う。その答えにデッガーは満足げな表情をした。
しかし余裕があるわけではなく、その目の前でニログナは行動を起こし始めた。
「ゴオォォ……!」
低い唸り声と共に、先ほど砕けて飛び散った鱗の破片が浮かびあがる。それは三人の背を越え、ニログナさえも越えて更に高い場所へと浮かび上がる。
その数は数えることも叶わないほどで、先ほどまで鱗を二枚しか動かせていなかったことを考えると、火事場の馬鹿力というのが相応しいだろう。
その様子は、先ほど来たばかりのデッガーも含めて、雨注攻撃がくるということを判断させるには十分であった。
「時間がねぇ! いくぞ!」
焦りを見せながら、デッガーは片手でリエティールを担ぎ上げると、助走をつけて一気に投げ飛ばす。リエティールは空を切りながら、槍をその手にしっかりと構えて飛んでいく。
そしてその最中に、鱗の破片も降り注ぎ始める。
リエティールはそんな鱗の雨の中を、ただニログナの背だけを見つめて突き進む。何度も体を鱗が掠めていくが、そんなことに気をとられることはなく、目の前の目標だけを一心に見つめ、
「そこっ……!」
傷口の最も深い中心点に、まっすぐに槍を突き刺した。




