154.苦戦と打開策
キィンッ、と。甲高い音が響き渡り、鱗は弾かれるように地に落ちた。そしてその後を氷の破片が追いかけるように散っていく。
リーフスははっとしてリエティールの方を見る。ニログナも、確実に当たると思っていた攻撃が防がれたことで驚いたのだろう、動きが止まっていた。
パラパラと岩の屑が落ちる音と共に、砂埃の向こうからリエティールがよろよろと姿を現す。そしてリーフスを見、小さく笑みを浮かべると、
「鱗は、任せてください……!」
と言った。
彼女の言葉に、リーフスは気を引き締め剣を握る手に一層力を込める。そして再びニログナに向き合い戦闘再開の準備を整える。攻撃を防がれたことに憤っているのか、ニログナも呆けた状態から戻ると一つ咆哮を上げ、リーフスに向かって襲い掛かった。
リエティールは吹き飛ばされた直後、咄嗟の判断で自分の背後に雪を作り出していた。突然すぎたが故に、先程よりも粗く固い雪になってしまったが、無いよりはマシだった。
もし何もせずまともに叩きつけられていれば、幾らコートに守られているといえども致命傷を負っていたか、少なくとも気絶はしていただろう。
とは言え、雪で殺せる衝撃にも限界があり、尚且つ準備が不完全だったこともあり、リエティールは体内に少なくないダメージを負っていた。氷竜としての生命力があれば、薬を服用して多少休めば十分に回復するであろうが、今は休んでいる暇は無い。時空魔法の空間の中に入って休むことも出来たが、流石に今は存在しないとされているそれまでリーフスに見せる勇気が無かった。
坑道に入る前に、リーフスから治療用にと受け取っていた、小分けにされた飲み薬を一本呷ると、息を整えて戦闘に集中する。そして、町に戻ったら飲み薬を買おうと心に留めた。
リーフスは戦いながら必死に相手の隙を伺っていた。リエティールは十分に離れた位置にいるため、尾等の攻撃に巻き込まれる確率はかなり低くなった。遠距離攻撃も彼女が打ち落としているため、暫くは目の前の戦いに集中していて良いだろう。
しかし一向に現状を打破することができずにいた。腕や尾の鱗の隙間に数度の攻撃を食らわせることはできたものの、ニログナは一向にそれを気にした様子もない。振り回されるそれらからは血が飛んでいるが、その巨体からすれば大した量ではないのだろう。更に、再生力が強いのか、少し前につけた傷からは既に血が出ておらず、塞がっていることが考えられる。
(やはり失血を狙うのは無理か……この様子だと首も切り落とすくらいの切り傷でないと意味が無いだろう。
となると、やはり心臓か頭部を狙うか、鱗を破壊するか……だが、どうやって……)
苦々しく、もどかしそうにリーフスは歯噛みをする。一方のニログナは、焦りもなければ愉悦も無く、ただ怒りだけを浮かべていた。
彼の持つ剣は戦闘開始時に比べて大きく損傷していた。刀身には多くの傷がつき、彼方此方が刃毀れしており、見るからにボロボロであった。岩と打ち合っているようなものなので、そうなるのは必然であった。そしてそれは、あまり長くは持たないであろうことも意味していた。
剣が壊れてしまっては、もうまともに戦うことはできない。一瞬、リエティールの持つ槍を借りることも考えたが、彼には槍の心得は無かった。一度も持ったことの無い武具を上手く扱える自信は、残念ながら彼には無かった。持ち方すら分からない、間合いも普段と違う武器を滅多矢鱈に振り回しても、ただ武器を駄目にしてしまうだけだろう。かといって、リエティールに戦ってもらっても、自分では鱗の攻撃を防ぐことはできない。加えてリエティールは先ほどの一撃でダメージを受けており、そもそも駆け出しのエルトネ一人に上位種との戦いを任せるなど以ての外であった。
つまり、この剣が折れるまでに決着をつけなければならない。
そうは思うものの、考えれども挽回するチャンスを見つけられずにいた。今はただ、攻撃を避けて鱗の隙間に剣を差し入れることしかできなかった。
リエティールは壁際から魔法での援護を行っていた。ニログナが鱗を飛ばせばそれを打ち落とし、飛ばさなければこちらから仕掛け、少しでも集中力を削ごうとする。ニログナも学習したのか、迎撃のためにわざわざ鱗を飛ばすことはせず、鱗の生えている場所に当たるよう、直前に迫ってから体を動かして受け止めていた。それだけ無駄な動きをさせているというのに、ニログナにはまだ余裕が残っている。
鬱陶しいとは思っているのか、鱗を飛ばす攻撃はしなくなったわけではないが、頻度は格段に落ちていた。しかしだからといって状況がよくなることは無く、リエティールの攻撃も、鱗に当たってしまえば意味が無いため、ダメージを与えることはできずにいた。
「このままじゃ……」
遠目に見てもリーフスが苦戦していることは分かり、リエティールに不安が募る。自分も近付いて槍で援護しようかとも考えたが、先ほどのように攻撃を受けて彼の足を引っ張ってしまうことを考えると、それもできなかった。
やはり、時空魔法を使って休んで考えるべきか、と思いかけたその瞬間、彼女の耳に戦闘音とは違う、何か別の音が微かに届いた。
小さい音であったため初めは気のせいかと思ったが、集中して聞けば、それが途切れ途切れに響いており、かつ少しずつ近付いてきていることに気がつく。
──タンッ、タンッ……
それはまるで軽快な足音のように……
(……足音?)
その時、リエティールは一つの可能性に思い当たり、はっとして顔を上げた。




