152.覚悟を決めて
氷の砕け散る音と共に、細かい雪が辺りに舞い上がる。それが地面に落ちていくと、中に包まれていた二人が横倒しになった状態で姿を現す。
先に体を起こしたのはリーフスの方で、次いでリエティールも目を開いた。地面に衝突した衝撃は完全にはなくならなかったものの、気絶しない程度には軽減できたようで、二人は体についた雪を払いつつ立ち上がる。
「あの、大丈夫でしたか?」
リエティールは心配そうにリーフスを見上げてそう言う。自分が突然起こした行動で何か問題が起きてはいないかと不安に思い、そう尋ねた。
「ああ、問題ない。 ……鎧の中に少し雪が入ったようだが、取り除いている余裕はなさそうだ」
そう答えながら彼が視線を向けた先には、暗闇の中で目を光らせる巨大なニログナの姿があった。時間が経ったことで多少は落ち着いたのか、低い唸り声を上げながら様子を窺うようにじっと二人を見つめている。
「見た目から判断したが、恐らく上位種だろう。 あそこまで巨大な個体の報告は今まで受けたことが無い。 人目につかない地中のこの場所で、時間を掛けて継承を続けていったのだろう。
こいつが暴れ出したことで、他のニログナも同様に暴れ始めたんだろうな」
推測を話しつつ、リーフスは剣を構える。闘志を感じ取ったのか、動きを止めていたニログナも身を低くし、いつでも襲いかかれるように臨戦態勢を取っている。
リーフスの背を見ながら、リエティールはそっと魔法を使う。鎧の中に入り込んでいた雪が溶けるように消えたことが分かり、リーフスは驚いて振り向きそうになったが、ニログナが動き出した為に思いとどまり、戦闘に入る。
「ゴガアァァッ!!」
ニログナは走り寄ると同時に、振り上げた鋭い爪をリーフス目掛けて振り下ろす。その攻撃をリーフスは剣を使って滑らせるように逸らしながら回避する。
回避した直後に、今度はニログナが体を捻って長く太い尾を振り回し、横薙ぎに仕掛ける。リーフスはそれを跳び上がり、擦れ擦れのところで躱すと同時に、通り過ぎる尾の鱗の隙間に剣を突き刺した。
悲鳴を上げつつ、ニログナは怒りを露にする。そして剣が刺さったままの尾を振り上げ、そのまま地面に叩きつける。剣を離せなかったリーフスは、そのまま剣と共に地面へと放り出されてしまう。
「くっ……流石に厳しいか」
体を起こしながら、顔を厳しく顰めてそう呟く。
近衛兵を名乗り隊長を務めてはいるが、当然それはエルトネ達を安心させるための方便であり、彼の実力はせいぜい一般の兵士と同程度である。それでも十分ではあるのだが、巨大なニログナの上位種と渡り合うには如何せん力不足過ぎた。何より、魔操種との戦いはこれが初めてであり、知識はあってもそれを完全に活かせずにいた。
そもそも兵士としての訓練で学ぶことは主に対人戦でのことであり、魔操種との戦闘はエルトネの方がかなり優位性を持っているだろう。
それを理解しているからこそ、彼は今の状況の不味さが痛いほど分かっていた。
「ゴオォッ!」
そんな彼の考えなど知る由もないと、ニログナは攻撃を続ける。再び振り降ろされた爪の攻撃を、リーフスは先ほどと同じように回避する。だがそこで彼ははっとした。
ニログナの背から二枚の鱗が飛び出し、彼が回避した方向に向かって打ち出されたためである。
既に動き出してしまっている以上、回避するのは難しい。かと言って、鉱石でできた重い鱗の攻撃を二発、剣だけで受けきるのも難しい。熟練の剣士であればできるかもしれないが、残念なことに彼にそのような技量は無い。
彼がダメージを覚悟し、剣で防ごうとした次の瞬間であった。
──キィンッ。
固いもの同士がぶつかり合う音が高く響くと、先ほどまで迫っていた鱗が勢いを失って地面に墜落した。そしてそれはそのまま地面に貼り付けられたように動くことは無かった。
それを見たリーフスは、リエティールの方へと視線を向けた。
「私も、戦えます! 鱗は任せてください……!」
既に魔法を使うところが見られている以上、隠しても仕方がないと、覚悟を決めた顔で彼女はそう言った。
その声とまっすぐな視線を受け、リーフスは無言で頷き、再びニログナに向き合う。ニログナは苛立った様に一つ吼えると、攻撃を再開した。
もう一度鱗が飛び出すも、それは同じように勢いを失って墜落し、地面に張り付く。
飛び出した鱗を、リエティールが氷の塊をぶつけて迎撃していたのである。硬度は鱗の方が高いため、ぶつかった瞬間氷は砕け散ってしまうが、体積と速度はリエティールの魔法が上回り、失速させることに成功していた。失速した鱗に砕け散った氷を纏わりつかせ、それを無理矢理操作して地面へと叩き落す。ニログナも勿論抵抗するが、魔力の質と量でリエティールの方が上回っていた。そして、落としたままでは再び利用される可能性があるため、接地面を氷付けにして貼り付けているのだ。
レフテフ・ティバールを相手にした魔法操作の訓練が功を奏し、その迎撃は出来過ぎと言えるほどに上手くいっていた。
(私のせいでこうなった可能性があるのなら、私がちゃんと向き合わなくちゃ……)
真剣な眼差しでニログナを見つめながら、リエティールは慎重に、かつ素早く、惜しまず魔法を行使していった。




