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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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149.暗闇の不安

 リエティールは岩陰に身を潜めながら思考した。


(この騒ぎ、きっと……私のせいだ)


 先ほど坑道の入り口でニログナと目があった時、無垢種ラミナ魔操種シガムは魔力を感じ取る能力が高いことを改めて思い出した。

 そしてその暴れ様を見て、一つ思い当たることがあった。


(ティバールを倒す時、私、調子に乗って凄く魔力を使ってたはず……この坑道は結構離れていたけれど、もし魔力を感じ取る能力が高い魔操種がこの坑道の奥にいたら……)


 氷竜エキ・ノガードという古種トネイクナの魔力。自分よりも遥かに強いその魔力を身近に感じたとしたら。

 恐らく、恐怖を感じるだろう。そして混乱し、暴れ出す可能性も確かにある。人間ナムフならまだしも、本能で生きている面が強い無垢種や魔操種であれば、混乱する可能性はより高くなる。


(私のせいで何か強い魔操種が巣の中で暴れ出したら、同じところにいたほかの魔操種は、その強い魔操種に怯えて逃げようと暴れ出す。

 それが、今の状況……)


 そう考え、リエティールはキュッと唇を結び、握り締めた拳に力が入る。

 自分のせいで多くの人が危険に晒され、傷ついているのだと思うと、どうしても胸が痛んだ。

 しかし、今の彼女にできることは、リーフスの指示に従い、息を殺し、魔力を可能な限り押さえ込むことだけ。

 魔力の制御ができないわけではない。氷竜も嘗ては自身の体から溢れる魔力を抑えることで吹雪の無い道を作っていた。だが完全に抑えることは叶わない。

 純粋な人間であれば、溜め込んだ魔力は使わない限り出て行くことは無い。しかし純粋な人間ではなくなったリエティールの体では、魔力は血液のように全身を巡り、肉体を維持するエネルギーとして少量ずつ減っていく。減ればそれを満たそうと、自然に新たな魔力を作り出そうと働く。

 普通の魔操種であればそのせいで体から魔力が大量にあふれ出すようなことは無い。しかし古種の場合、その一度に作られる魔力の量が膨大すぎるために、自然と溢れ出してしまうのである。無意識に起こる反応のため、意識して抑えようとしても限界があった。今のリエティールは中途半端で未熟な状態のため、なおさら困難を極めた。


(ごめんなさい……)


 後悔にきつく目を瞑り、リーフスの戦いが早く終わることを強く願った。



「もう出てきていいぞ」


 数分であったか、それとも長い時間であったか、どれ程経過したのか分からない頃に、リエティールにそう声がかけられた。

 フードを脱いで岩陰から立ち上がると、そこには無事に二体のニログナを倒し、その命玉を手にしたリーフスの姿があった。


「大丈夫ですか、怪我は無いですか?」


 リエティールがそう心配して駆け寄るが、リーフスは首を横に振って答える。


「平気だ。 鎧が多少傷つきはしたが、怪我はしていない」


 確かに鎧に幾つか擦り傷のようなものができてはいたが、彼自体は全く問題なさそうに振舞っている。

 その言葉に安堵してほっと息をついたリエティールに、リーフスは続けて言う。


「今の内に早く先に進むぞ。 ついて……いや、待て」


 ついてこい、と言いかけて、リーフスは止まる様に指示する。リエティールがそれに対して不思議そうに首を傾げると、彼はきわめて小声でこう言った。


「魔操種の気配を感じる。 近く感じるが見えないことを考えると、恐らく壁の向こうだろう。 気づいてこちらにやってこないように、遠ざかるのを待つ」


 その言葉に驚きつつも、リエティールは頷いてその場に留まる。古種の力を受け継いでいるリエティールでも、魔操種の気配を察知することはできるのだが、その技術がほぼ磨かれていないがために、意識しなければ全く気がつくことができなかった。

 たとえ力があったとしても、こうして経験や技術が無ければ意味が無いのだと思い知らされ、リエティールは心の中で自分に活を入れた。


 じっと気配に気を配り、少し遠ざかったように感じたところで、二人が安堵しかけたその時であった。


「隊長ー!」


 入り口の方から、不意にそんな声が上がった。

 リーフスは顔色を悪くしてそちらを見ると、彼を追いかけてきた兵士達が走って向かってくるのが見えた。勿論鎧兜で表情の隠れているリーフスの反応に気がつくことも無く彼らは走ってくる。

 普段であれば、優秀な兵士である彼らがこんな迂闊な行動をすることは無かったであろう。しかし、要警護対象であるリーフスを一人にしてしまったという焦りがあったせいで、彼らは声をあげてしまった。


「ご無事で──」

「馬鹿者っ、ここは魔操種の巣窟だぞ──」


 兵士の呼びかけを遮ってリーフスが怒りの声を上げる。が、それさえも遮る轟音が鳴り響いた。


「ゴオオォォッ!!」


 岩の壁を突き破って、一体のニログナがリーフス達と兵士達の間に飛び出す。体格は先ほどのものよりも大きく、そのせいで穴の大きさもかなりの規模だ。そしてそれと同時に、ニログナがあけた穴から亀裂が走り、それは周囲の壁や天井にどんどんと広がっていく。


「まずいっ!」


 リーフスは咄嗟にリエティールを抱え込むようにして後ろに飛び退く。二人が地面に倒れこむと同時に、元いた場所には岩石が降り注いだ。

 ニログナは兵士達の方へ向かったようで、姿はそこになかった。しかし本道は崩落により完全に遮断され、通り抜けるのは不可能だということが言うまでもなく明らかになっていた。

 程なくして壁の向こうから戦闘の音が響き始める。


「隊長、申し訳ありません!」


「こちらのことは気にするな。 お前たちは無事に戻ることだけ考えろ!」


 聞こえてきた兵士の声にリーフスがそう返すと、それ以上向こうから声がかけられることはなかった。

 それからリーフスはリエティールを抱き起こす。彼女は不安げな顔をしてリーフスの顔を見た。そんな彼女を落ち着かせるために、リーフスは努めて冷静な声で話した。


「この道は潰れたが、他の道はまだ残されているはずだ。 地図は無いが、大体は頭に入っているから心配するな」


 それを聞いて、まだ表情は暗いままなものの、彼の言葉を信じてしっかりと頷いた。

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