148.坑道の奥
ニログナは周囲のことなど気にも留めず、坑道の奥へと全力で走り続ける。
リエティールは服が破れないようにその尾を必死に掴みながら、体を丸めて地面とあたる部分がコートと靴だけになるように気を使っていた。
しかしそんな状況では引っかかった部分を外すなど出来るはずも無く、成されるがままに引きずられていくばかりであった。
「くっ……止まれ! 誰か止めてくれ!」
それを必死で追いかけつつ、内部にいるであろうエルトネか鉱山兵に呼びかける。しかしすれ違う人は皆負傷兵を運んでいるか別のニログナと戦闘中かのどちらかで、気がついた時には既に通り過ぎているばかりであった。
リーフスは何とか追い縋ってはいるものの、足場が悪いせいもあってか距離を縮めることはできずにいた。
奥に行くに連れて人気は少なくなり、逆にニログナの数が増えていく。見回りの兵が設置していた松明も、崩落の影響かニログナの暴走のためか、地面に落ちて消えているものも多く、視界も悪くなってきている。
最初は焦りでしがみつくことしか考えられずにいたリエティールも、周囲の雰囲気が変わってきたことに気がつき、なんとかこの状況を打破しなくてはならないと考え、少しだけ冷静になって思考することができるようになった。
(この状況じゃ、服を外すことはできない……でも破るのは絶対に嫌!
なんとかして足止めを、せめて少しでも動きを鈍らせることができたら、リーフスさんがなんとかしてくれるはず……。
私にできることは……)
視線を尾から外し、ニログナ自体を見る。ニログナは一切振り返ることなく、ただ一心に走り続けている。見えるのはその背と忙しなく動く脚、巻き上がる砂埃だけであった。
「……!
これでっ……!」
暫しの後、一つのアイデアを閃いたリエティールは、その視線をニログナの足に向け、そして、
「ゴアッ!?」
次の瞬間、ニログナは突如として足を滑らせてバランスを崩し、盛大に転んだ。
ニログナの足に狙いを定めた後、リエティールはその足の裏に向かって魔力を放ち、薄く凍りつかせたのだ。この程度であれば、周囲の暗さも相まってリーフスに気がつかれる事は無いだろうと判断したのである。
リーフスはその隙を逃すことなく、首の鱗の隙間に剣の刃を滑り込ませ、鋭い刺突を喰らわせる。
「ガッ、ゴッ……」
首を切られたニログナは血を吐き、それでもなお暴れ続けようとしていたのだが、リーフスがさした剣をより一層深く刺し、抉るように斬ったことで、少しの間踠いた後力尽きた。
動きが止まった後すかさず服を尾から外し、リエティールは立ち上がる。
「ありがとうございます。
……私のせいで、こんなことになってしまってすみません」
感謝を告げると共に、身勝手な行動によって問題を起こしてしまったことをリーフスに謝罪する。
「いや、気にするな。
俺がもっと素早く行動を起こせていれば、ここまで引きずられることも無かった。
ところで、あれだけ勢いよく引きずられていたんだ。 怪我は無いのか?」
リエティールの言葉に首を横に振りつつ、リーフスはそう尋ねる。
言われたリエティールはコートと靴についた土を手で払い、
「はい、大丈夫です。 怪我は無いです」
と答える。
リーフスは彼女のコートや靴に傷らしいものが一切無いことを見ると、目を見張って驚いた。が、すぐに表情を繕うと特に何も言わなかった。
「そうか、ならば良かった。
……しかし、大分奥まで入り込んでしまった。 まっすぐ走ってきたはずだから、ここは本道であっているだろうが、明かりが少ないせいで視界が悪い。
またいつどこからニログナが襲ってくるかも分からない。慎重に、まっすぐ引き返すぞ」
その言葉にリエティールは頷く。
そんな彼女は、彼の話を聞いている間にちゃっかり命玉を回収していた。時空魔法を使えばその死体を丸ごと持って帰ることもできたのだが、流石にそんなことはできなかった。
二人は足音を立てないように慎重に気を使いながら歩き始める。どこからか聞こえるニログナの唸り声や荒い息遣いに怯えながら、リエティールはリーフスの後にぴったりとくっついていた。
しかし、二人が幾ら気を使っていようと、向こう側から近付いてこられてしまってはどうしようもない。
「ゴガアアアッ!!!」
間道から飛び出してきたニログナの目にリーフスの姿が留まり、勢いそのままに飛び掛ってくる。それも、一体だけではなくもう二体が続けて現れ、同じように向かってくる。
リーフスは剣を構え、リエティールに岩陰に隠れているように視線と手で指示する。リエティールは頷いてから慌てて近場の岩陰に飛び込んで、息を殺して身を潜める。コートはフードも目深に被り、全身を包み込むようにしてなるべく小さく身を丸める。辺りは暗いため、黒いコートに包まれるのは有効的に働いていた。
そうこうしている内にも、ニログナとリーフスの戦いは始まり、剣と鱗がぶつかり合う激しい音が響き始める。先ほどのように隙だらけの相手ではなく、更に数も二体という状況であり、リーフスでも一筋縄ではいかないであろうことはリエティールにも分かった。
ただ、今の彼女にできることは、彼が戦いに集中できるように、邪魔をせずただじっと待つことのみであった。




