146.減らない負傷者
リエティールは他のエルトネから回復薬を受け取ると、負傷した鉱山兵の治療に奔走した。
物資は城が用意したものということもあり効き目は抜群で、傷が浅かった者は治療してすぐに戦線復帰しているものも多くいた。
しかし戦闘は未だ終わる気配が無く、倒しても次から次へと、洞窟の内部から魔操種が飛び出してくる。戦闘が続けば負傷者も新たに増える。それに加えて魔操種に追われながらも内部から逃げ延びてくる負傷者もいる。
「キリが無いな……」
誰かがそう呟けば、それを聞いた他の者も同意するように頷いたり、ため息をついたりする。
ただ薬を与えるだけと言えども、こうも絶えず負傷者が出るとなれば疲れが出るのも必至であった。
「……隊長、何故あの少女を?」
治療の合間を縫って、側についている兵士が隊長、リーフスにそう尋ねる。その兵士の問いにリーフスは少し言葉に詰まった後、こう答えた。
「少し気になることがあってな。 ……何か、分かりそうなんだ」
「はあ……」
その答えに、尋ねた兵士はどこか納得いかないというような返事をする。そんな彼に対してリーフスは納得させようとして続ける。
「戦闘に突っ込まない限り、ここに俺達と一緒にいれば危険は無いだろうし、彼女自身も見れば分かるように協力的だ。 今は少しでも協力者が多い方がいい、問題ないだろう?」
「……わかりました」
どことなく腑に落ちない気もするが、彼が言うこともまた正しいことであり、何より相手が相手と言うこともあって、そこまで言われてしまえばもう一兵士がとやかく言うことはできなかった。
「それにしても、この岩鱗蜥蜴達の様子は、やはり普通ではないな」
新しい負傷者の元に向かって治療をしつつ、「ニログナ」という、鉱山から出てくる魔操種の方へ視線を向けてリーフスは呟いた。
ニログナはその名の意味する通り岩のような鱗で体を覆っている魔操種であり、鉱石を食べるとされている。食べた鉱石が体内で魔力と反応し、体の鱗として変化するという。その性質上、剣や槍で戦うには鱗の隙間を狙わねばならない厄介な相手である。それが戦闘を長引かせている一つの原因であった。
様子がおかしいということに対して、兵士は頷いて同意する。
「私も彼らの様子は普通ではないと感じます。 彼らは魔操種とは言え、今までそうであったように、過剰な接近さえしなければ積極的に攻撃を仕掛けない、比較的大人しい性質を持っています。
それなのに、坑道を崩落させるほど暴れるとは、普通であるとは思えません」
「ああ、その通りだ。
こうして見ると、何と言えばいいのか……。 こちらが人間だから、というよりは、目の前にいるから攻撃しているように見えるな」
激しく鳴き声をあげて暴れるニログナは、まるで錯乱しているようにでたらめな攻撃をしていた。地の魔操種である彼らは、通常であれば岩の鱗を飛ばすような攻撃もしてくる。しかし見る限り、この場にいるニログナにそのような攻撃手段を取っているものは見受けられなかった。どの個体も、目の前にある障害物を壊そうと突進しているように見える。
遠距離攻撃をしてこないことで、こうして安全圏を確保できているのだが、それが異常を示す大きなヒントとなっていることには違いなかった。
とは言え、内部の様子が分からない以上考えても確信はできず、内部の鉱山兵達が無事に戻ってきて何らかの情報を持ってきてくれるのを願うのみであった。
そうして入り口での攻防が続いていると、また新たに負傷兵を連れてきたエルトネが入り口付近に姿を現した。
「負傷兵三人! 誰か来てくれ!」
「え?」
その声にいち早く反応したのはリエティールであった。彼女は次の負傷兵の元に向かおうとしていた足を止め、思わず入り口の方を反射的に振り返った。
彼女をそうさせたのは、言葉の内容ではなく、声そのものであった。
リエティールは薬を握り締めたまま、思わずと言った様子で入り口の方へ駆けていく。治療している安全圏から鉱山の入り口までは、戦闘の現場を通り抜けなければならなかったのだが、火事場の馬鹿力と言うべきか、経験の賜物と言うべきか。主に人混みを避けることで身についた能力が遺憾なく発揮され、見事に戦闘の現場を潜り抜けていった。
そんな彼女の行動にすぐに気がついたのは、彼女を気にしていたリーフスで、彼は驚いて立ち上がる。
「リエティール、戻れ! 危険だ!」
しかしそんな彼の言葉は聞こえていないのか、彼女が引き返してくることは無く、
「くそっ」
「あ、隊長っ!?」
彼はリエティールを連れ戻すためその場から一目散に駆け出した。側にいた兵士達は慌てつつもそれを止めようとはしたものの、リーフスはその手に捕まれることなくすり抜けて行った。なおも追いかけようとする彼らであったが、前にニログナが躍り出て来たために、それを無視することができず足止めされることとなった。
仮にも城に仕える優秀な兵士達であるというのに、それを止められなかったというのは、少なからずそれぞれの心に傷を残す結果となった。




