145.リーフス
倒したティバールを全て解体し終え、リエティールは一つ息を吐くと、素材をまとめた袋を担いで立ち上がり、王都へ戻ろうと振り返る。
すると、そんな彼女の視界に、遠くの方で動く何かが捉えられた。気になったリエティールはよく目を凝らして見つめてみる。そしてそれが、大勢の人が集まった集団であることが分かった。
集団はリエティールのいる場所とは違う方向へと移動している。遠目に見てもそれなりの速さで動いていることが分かるので、かなり急いでいるのだろうと推測ができる。
彼らの進行方向にリエティールが目を向けると、そこには大きな岩山があった。彼女は、レフテフ・ティバールの生息地を見つけた際に、周辺の地形についてもある程度知ることになったので、その岩山が閉鎖された鉱山のある場所であることも知っていた。そして、そこが魔操種の棲み処で、国の監視対象であり、普通の人は近付くことができない場所であるということも、興味本位で近づいた時に注意されたので知っていた。
そんな場所に向かう集団が一体何なのか、リエティールは気になり、距離を保ったままこっそりと後をついていくことにした。
鉱山にある程度近付くと、不意に集団は焦ったように走り出した。見失ってしまうと思い、リエティールも後を追って走ると、その耳に激しい金属がぶつかり合うような音が届いた。やがてすぐに、それが兵士と魔操種が戦っている音であることが分かった。
「おい、大丈夫か!」
集団の中の一人の男が、地面に蹲っている兵士に声をかける。兵士は顔を上げると、それが味方らしい人物であることに安堵したのか、表情を和らげた。
「ああ、よかった。 応援の要請は無事に届いたのですね……うっ……」
「無理するな」
傷の痛みに顔を歪めた兵士に、男は薬を取り出して処置を施していく。そんな彼らの側に、兵士を引き連れた鎧の人物が近付いて声をかける。背は周囲に比べると低く子どものようにも見えるが、凛とした佇まいはそれを気にさせないくらい頼りがいのある姿に見えた。
「状況を教えてもらえるだろうか」
そう声をかけられると、負傷した兵士はそちらに顔を向ける。薬のおかげで痛みが多少軽減されたのか、先程よりも調子が良さそうであった。
話しかけてきた人物が、この集団のリーダー的存在なのだろうとすぐに悟った兵士は、頷いてから話し始める。
「はい……状況はご覧の有様でして、なんとか持ちこたえてはいますが、このままでは長く持ちません。
私以外にも負傷したものは戦線を下がって待機しています。 中には私以上に深手を負っているものもいますので、まずはそちらの治療をお願いします。
それから、内部に取り残された兵士を助けるために、数名が中へと侵入しましたが、魔操種が出てきているのを見ると、あまり芳しくないようです……」
それを聞いた鎧の人物は、「ふむ」と少し考えた後、集団に振り返って指示を出す。
「第一班は負傷者の保護、並びに治療に当たれ! 第二班はこの場所に残り兵士の援護を、第三班と四班は内部の捜索を! 内部は複雑だ。 決して離れず、必ず集団で行動するように!」
そう言われた集団は、全員が「はい!」と返事をすると、指示通りにそれぞれが動いていく。
そして全員が移動すると、その後ろに隠れる形で立っていたリエティールが姿を現すことになった。
「「……!」」
鎧の人物はそれを見て、驚いた様子を見せる。同時に、二人の目がばっちりとあったことで、リエティールはその鎧の人物が誰であるのかも分かり、同様に驚く。
「おうさ……」
「待て」
思わず言いかけたリエティールの声を、鎧の人物が遮って静止する。リエティールは慌てて口を押さえこくこくと頷く。
「私は城の近衛兵の一人であり、この臨時の隊の隊長を勤めているリーフスだ」
わざわざ説明口調でそう名乗る、ということは、つまりそういう体である、と言うことを暗に示しているということであった。リーフス、というのは男性の名前として極ありふれたものであり、偽名としても使われやすいものであるのだが、その辺りの知識はリエティールには無かった。それでも、その人物がその名で呼べ、と言っていることは分かったので、リエティールはもう一度頷いてそれを了承した。
「それで、お前は何者だ。 何故ここにいる?」
鎧の人物、リーフスにそう尋ねられ、リエティールは答える。
「エルトネの、リエティールです。 えっと、向こうで狩をしていて、帰ろうとした時にこの集団を見かけて、気になってついてきました」
正直にそう答えると、リーフスは困った顔になる。と言っても、鎧兜で顔は隠れているため、口元と目元の細い隙間程度しか見える部分が無いのだが、なんとなく困っているのだろう、という雰囲気は見て取れた。
「カードの穴の数は?」
「1です」
リエティールが答えると、彼はより一層困ったように俯く。そんな彼に、側にいた兵士が声をかける。
「お……隊長。 ランク1ではこの作戦に参加するには危険すぎるかと。 このまま帰すのが良いでしょう」
間違えた呼び名を言いかけて、慌てて言い直しつつ、彼はそう提案した。他の兵士たちも彼の言い分は最もだというように、同意の頷きをしている。
しかしリーフスはすぐには顔を上げず、それから徐にリエティールの顔を見、そして、
「見ての通り、現状は急を要する。 協力してくれる気があるのであれば、私と共に負傷兵の治療に当たって欲しい。 ただし、戦闘しているものには近付いてはいけない」
と口にすると、周囲の兵士達は皆一様に驚いて目を丸くしていた。彼らからすれば、隊長のサポートをする兵士は沢山いて、さらに優秀なエルトネ達も協力している状況で、何故実績の少ない、依頼を受けたわけでもないエルトネを参加させようとするのか、理解できなかったのだ。
そんな彼らの心の内など露知らず、リエティールは断る理由も無く、頼まれたからには協力しようと思い、頷いて了承を示すのであった。




