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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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144.非常事態

 静かな城内。そこに突如として慌しい足音が響いた。

 その足音は徐々に執務室へと近付いており、中にいる国王、エクナドや従者達の耳にも入ってきた。普段は聞こえることの無いその足音に、エクナドは書類を捲る手を止め、視線を上げる。

 やがてそれは執務室の扉の前で止む。恐らく足音の主は扉の前に待機している兵士と話しているところだろう。

 程なくして扉がノックされる。普段の落ち着いた音とは違い、そのノックは心なしか早く、焦りを感じさせるものであった。


「王様、火急の報せがございます。 入室許可を」


 門番の声も、冷静ではあるが早口になっており、それが紛い無い言葉であることを現していた。


「分かった、入れ」


 火急と言うのが真実であるならば、もたもたしていれば何かしら悪いことが起きるだろう。そう考えたエクナドはすぐに入室の許可を与える。

 直後「失礼します」と一言断った後に扉が開き、門番と走ってきたのであろう人物が入ってくる。その表情から、それがただ事ではないことが窺えた。

 門番ではないほうの人物を見て、エクナドは驚いたように、そして悪い想像を思い浮かべた顔でこう呟いた。


「ドロシム……」


 ドロシム、と言われた男は、決して軽くは無いであろう鎧に身を包み、その顔には汗を流し、息は切れ切れで土で汚れていた。

 彼は、今は閉鎖されている鉱山の見張りを任されている「鉱山兵レイドリン」の一人であった。

 そしてそんな立場である彼が急いで報せに来たと言うことは、つまり鉱山で何かしらの問題が、それもかなり悪い問題が発生したと言うことだ。


「王様、鉱山で非常事態が起きました……! 魔操種シガムが、鉱山の外へ溢れてきていますっ……!」


 乱れる息を精一杯に整えてドロシムはそう告げた。

 予想通りのその言葉に、エクナドはその顔をより一層険しくする。


「落ち着け、詳しい内容を話してもらえなければ、対応に困る」


「は、はい……すみません」


 彼にそう諭され、ドロシムは自分を落ち着けるために深く呼吸をする。それからしっかりを息を整えて、再び話し始めた。


「つい先ほどのことです。 坑道内部の見回りをしていた者が地鳴りのようなものを感じたと外の兵士に報告をしました。

 しかし外にいた私を含む鉱山兵はそのような揺れを感じておらず、念のため確認しようと、数人が報告者と共に内部へ入っていきました。

 それから程なくして、鉱山内から激しい轟音が響き、直後に内部にいた兵達が飛び出してきて、坑道が崩落したと言ってきました。

 そしてその崩落により、まだ未発見であった複数の魔操種の巣と坑道が繋がり、魔操種が一斉に襲い掛かってきたのです。

 私は報せるために隊長に言われて離脱しましたが、他の鉱山兵は魔操種を食い止めるために戦っております。 内部に取り残された者や、負傷者もおります。 このままでは防ぎきれず、魔操種が鉱山の外に溢れてしまいます……!」


 落ち着きを取り戻しはしたものの、内心の焦りは消しきれず、話しながら徐々に早口になり、顔に浮かぶ焦りも濃くなっていった。

 ドロシムの話を聞いて、エクナドも非常にまずいことが起きていることを改めて理解し、僅かばかり悩んだ後、


「分かった。 これは国王の緊急依頼として、すぐにドライグに救援要請を出す。 十分な数のエルトネが集まり次第、すぐに出発し援護する。

 お前はここで少し休んでから、そのエルトネ達と共に物資を持って戻ると良い。 必要なものはこちらで用意する」


「ありがとうございます……!」


 エクナドの言葉に、ドロシムは深く感謝すると共に、緊張が途切れたのか力なくその場に座り込んでしまった。そんな彼を門番が支え、エクナドに向けて深く一礼すると共に、執務室を出ていった。


「さて……」


 そう呟くと、エクナドは自分の背後に控えていた執事、ナイドローグに向くと、


「至急、必要書類を準備しろ。 ドライグに向かうぞ」


と言う。ナイドローグも一つ恭しく礼をすると、


「はい、かしこまりました」


と答えて、素早く準備を整え始めた。

 ナイドローグが書類を準備している間に、エクナドは先ほどの報告について考えを巡らせる。


(一体何故、急にこんなことが起きた?

 鉱山兵の構成員は最近変更は無かった。 魔力を感じ取る魔操種を刺激しないために、魔法薬スタールの使用もさせていない。

 直接接触さえしなければ、魔操種はこちらに気がつかず暴れることなど無いはずだ。 少なくとも、今まではそれで大丈夫だった。 なのに何故?

 発見済みの巣は全て制圧しており、定期的な巡回も行っている。 坑道内に魔操種が残っていたとは考えられない。

 ならば気配に敏感な新種が発生し、人間ナムフの気配を感じ取った? それとも何か外的な要因があって、魔操種が暴れ出した? そうならば、一体何が……)


「エクナド様、準備ができました」


「っ、そうか。 ならば、すぐに行くぞ」


 彼が逡巡しているうちに、ナイドローグは必要書類の準備を終えていた。

 緊急依頼の際は、依頼主の名前と簡単な概要さえあれば良い。一番重要である報酬についても、大抵の場合普通とは比べ物にならない破格と決まっている。依頼主が国王、即ち国となれば、なおさら気にする必要など無いだろう。なので、エルトネ側はとにかく自分にできるかどうかだけを考えて参加の判断をすれば良い。


「お待ちください。 エクナド様がわざわざドライグに行かれる必要はありません。 まさか、ご自身まで戦いにいくつもりではないでしょう?」


 椅子を立ったエクナドに、ナイドローグはそう告げる。依頼主は国王の名前ではあるが、だからと言って国王が直接ドライグに良く必要は無い。寧ろ国王が城を離れエルトネ達のいるドライグに行くとなれば、それこそ問題が起きる可能性の方が高い。ナイドローグの言葉は正しいだろう。

 しかしエクナドは首を横に振り、揺ぎ無い顔でこう答える。


「これは国民の命が掛かっている非常事態だぞ。 王である俺が誠意を伝えずしてどうする。 それに、日頃鍛えた剣の腕を、こうした時に振るわずしていつ使うと言うんだ? お前にいくら駄目だと言われようと俺は戦うぞ」


 そう言って、彼は側に置いていた剣を手に取る。

 ナイドローグとしては、国王を危険な目に合わせたくは無い。他の従者達も同じ気持ちだろう。しかし、こうなってしまった彼を止めるのはもう無理だということも分かっている。危険なことである以上、力尽くでも止めるべきなのであろうが……。

 ナイドローグは一つ深いため息をつき、しかしわずかばかりの笑みを口元に浮かべ、


「……分かりました。 ですが、これ以降は我々の指示を尊重していただきます。 いくらエクナド様の意思と言えども、命に関わることである以上、勝手な行動は慎んでいただきます」


と言った。彼の言葉に、エクナドは「勿論」と満足げな表情で頷き、それから数人の兵士を連れ立ってドライグへと向かった。

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