143.制御訓練
エゼールとパーティに行く約束も無事に果たし、あとはレパルゴの写真を確認しに行けば、本来であればもう王都を出発して港町に向かってもよかったのだが、以前行ったティバールの狩場にもう一度行きたいと思っていたため、写真を受け取った後はそこへ向かうことにした。
部屋を出てナーツェンの作る朝食を食べる。ちなみにデッガーは既に出ていったそうだ。
朝食を済ませて早速レパルゴの店へと向かう。だが、そこで一つ問題が発生した。とはいってもそう大したことではなく、ただ単純に店が開いていなかったのである。
少し待てば開きそうであったが、そう急ぐものでもなく、町に戻ってきた後でもいいだろうと判断し、先にティバールを狩りに行くことにして、町を出た。
以前来たということもあり、迷わず目的地へ到着したリエティールは、周囲を確認した後にティバールを探し始める。
もしもお金を稼ぐことだけが目的なのであれば、もう少し稼ぎになる、ティバールよりも強めで価値のある魔操種を狙っても良かった。だが彼女がティバールを、正確にはティバールの生息地を狩場に選んだのにはそれ以外の理由があった。
ティバールの素材を納品した際ドライグの受付嬢が驚いたように、王都周辺でティバールを狩るエルトネはほぼいない。つまりティバールの生息地には人が来ないのである。
勿論完全に放置していればティバールが増えすぎてしまう可能性もあるので、そこまでは無視されないのであろうが、以前狩りをしていた時も他のエルトネが現れるといったことは無かった。ティバールの数も多すぎるようには感じなかったので、人が来るという可能性はかなり低いであろう。
リエティールはそこに気がつき、ここならば人目につかないで戦闘ができると考えたのだ。
そして人目につかないのであれば、魔法を使うこともできる。
流石に派手な魔法を使えば遠目にも誰かの目についてしまう可能性はあるが、ティバール相手にそこまでするつもりは無かった。今回の彼女の目的は、魔法制御の練習である。
制限がかけられている以上、現時点での限界はあるだろうが、訓練で限界を引き上げることはできるだろうと考えたのだ。制限がかけられているのは氷竜の能力であって、彼女自身の能力に制限が掛かっているわけではない。
つまりリエティールが鍛える分には、ちゃんと実力がつくのである。元々不器用な彼女にとっては、氷竜の能力無しに魔法の制御をするのは難しいことではあるが、何も練習しないよりはマシであろう。なにより今下手ということは伸び代があるということでもある。
ティバールは戦いやすい強さで、体が小さく動きもそれなりに早いので、狙いを定める訓練にはもってこいの相手だろう。
早速一体目のティバールと遭遇し、戦闘態勢に入る。万が一魔法で仕留めきれない、という可能性もあるので、いつでも使えるよう手にはしっかりと槍を構えている。
槍の代わりに氷の礫を創造し、ティバールの軌道を読んでそれを飛ばす。先日の戦闘でティバールの行動パターンはある程度読めるようにはなっていたので、当てる事自体は問題なかった。
なのでリエティールは狙いをより小さく、右目に定めていた。流石に小さな目を狙うというのはかなり難易度が高い。狙いすぎるあまりティバール自体から外れてしまうこともある。
そして狙いがずれて左目に当たるなどしてしまえば、左目が変化してできる命玉は破損した状態になり、価値が大きく下がる。
「魔法学習」に書いてあったことによれば、左目が破損すれば命玉も破損した状態で生成され、含まれている魔力量が大きく減少する。更に時間経過で残っている魔力も減り続け、最終的に魔力を完全に失ってしまい、無価値になってしまうのだという。
右目を狙い、左目には絶対に当てない。そう考えながらリエティールはティバールを魔法のみで倒していく。
ある程度回数をこなしてきた所で、リエティールは調子が乗ってきたのか変化の魔法を解く。それと同時に彼女の額には角が現れる。
変化の魔法は普段の生活の中であれば殆ど問題ない。だが、魔法を使っているというのは変わりないことであり、無意識ではあるものの、多少の集中力がそちらに奪われるのだ。
その魔法を解くということは、つまり集中力を限界まで引き出すことができるということでもある。訓練に夢中になったリエティールは、自ずと全ての集中力をそちらに向けるように判断していた。
氷の礫はより威力が高く飛ばしやすい鏃の形に、小さなそれに魔力を普通以上に込めより強力に、そして今まで以上に正確な射出をするようになる。
彼女は知らず知らずのうちに魔力を周囲にどんどんと放出し、ティバールがそれに怯えて完全に姿を現さなくなったところで漸くそれに気がついた。
リエティールは慌てて変化の魔法を掛けなおし、意識を戦闘から周囲の警戒へと向ける。もしかすると魔力を感じられるような人間がいるかもしれない、と思い注意を向けたのだが、幸いにも誰かが近付いてくるような気配は無かった。
ほっと胸をなでおろした彼女は、周囲に散らばるティバールの亡骸を集め、魔操種避けを焚いてから解体作業を進めるのであった。




