142.思い出に残るもの
公園を後にした二人は、服屋に行って普段の服装に着替えるとそこで解散した。
時刻は丁度昼を過ぎた頃であったが、立食パーティで心行くまで食事をしたリエティールは特に食事を取ることはなく、教会に寄って墓碑に祈りを捧げた後、軽く散歩をしてから宿に戻って休むことにした。まだ時間はあるので魔操種を狩りに行っても良かったのだが、なんだかんだとパーティに参加したことで疲れがあったのと、先程の氷竜の記憶についてゆっくり考えたいという思いがあったためである。
「おお、どうじゃ。 パーティは楽しめたか?」
宿に戻ったリエティールにナーツェンがそう話しかける。リエティールが頷いて答えると、彼はカウンターに頬杖をついて、
「それは良かった。 さぞ美味い食事が出たんじゃろうな」
と羨ましそうに言った。それに対してリエティールは、
「はい、美味しかったです。 でも私はナーツェンさんのお料理も好きです」
と返した。するとナーツェンはおかしそうに「ひょひょ」と笑うと、
「いや、いや。 気を使わなくてもいいんじゃよ。 寧ろワシの料理なんかと比べられたら城の料理人が可哀想と言うものじゃ。
ううむ。 それにしても城に入って食事まで出来るとは、本当に羨ましいことじゃのぉ。 ワシがまだ若かった頃は、こんなパーティなどというものは開かれることは無かったからの」
としみじみと言った。
そんな彼にリエティールは、退城時にサービスと言われてもらった茶菓子の入った袋を取り出して彼に渡した。そんな意外な出来事に驚いたように目を開いたナーツェンに、彼女は、
「お城から出るときに貰ったものです。 デッガーさんと食べてください」
と言って微笑む。するとナーツェンは数秒の後に理解した、という顔になって、
「ひょひょ、あいわかった! 感謝していただくとしよう。 やつにもありがたく食べてもらうとしよう」
と笑って答えた。
そんなやり取りの後、リエティールは部屋に入ってヘッドの上に寝転がる。そして先程見た記憶についてもう一度思い出してみた。
記憶の中では多くの人間が氷竜を敬い慕い、そこに喜びはあれど恐れは無かった。氷竜もそんな人々と交流するということに心からの喜びを感じていた。リエティールの無意識のうちに自然と感情が混ざってしまうほど、それは強い想いであった。
彼らが氷竜に捧げたものは、リエティールが見た時も空間の中に多く残されていて、今もそれは勿論保存されている。氷竜と過ごした時にリエティールが口にした果物も、あの人々が心を込めて育て、感謝を込めて捧げたものに違いない。
氷竜は困惑を口にしつつも、一つとして受け取ることを拒否はしなかった。自身の役に立たないようなものであっても、人々の心が込められた大切な記念の品を一つたりとも無下にすることは無かった。それほどに氷竜は人間を愛していた。それこそ、自分の家族のように。
そんな強く純粋な想いを身をもって感じたからこそ、氷竜が一人孤独に過ごした時間を思うと、一層悲しい気持ちになる。
(母様……大丈夫。 私が母様の願いを叶えるから。 また、沢山の人と過ごせるように、怖い隠し事も、寂しいことも無い、母様の幸せな時間を取り戻して見せるからね)
リエティールは心の内でそう氷竜に語りかける。それは同時に、自分自身へ言い聞かせることでもあった。一度抱いた決意を忘れないために、より強く胸に刻むために。
それから、リエティールは暫く休んだ後に夕食を食べに部屋を出て、カウンターへと向かった。ナーツェンに夕食を頼んでいると、その最中に一仕事終えたデッガーが戻ってきた。
料理片手に厨房から戻ったナーツェンはそれに気がつくと、デッガーの酒を取り出しつつ、それと一緒にリエティールが渡した茶菓子も一緒に出した。
「ああ? なんだこれ」
訝しげな顔をして一つ摘まんだデッガーにナーツェンは答える。
「お城からのありがたーいお土産じゃよ。 お前には口にする機会のないような貴重なものじゃ。 ありがたーく、感謝しながら食べるといい」
ひょひょ、とからかうように笑うナーツェンに、デッガーは忌ま忌ましそうに「うるせえな」と吐き捨てるように言いつつも、手にとった茶菓子を口に入れる。それが美味しかったのか、それとも口に合わなかったのか、デッガーは一瞬だけ動きを止め、それから後普通に酒を飲み始めた。
だが、それから再び茶菓子に手が伸びたのを見るに、気にいったのだろう。以降彼は感想を一言も口にすることは無かったが、酒が空になる頃には出された茶菓子はすっかり綺麗に無くなっていた。
それをみたナーツェンがニヤニヤとした笑みを浮かべていたが、デッガーがそれをキッと睨みつけると、ナーツェンは少しも怯えた感情のこもっていない声で「おお怖い」と言って目を逸らした。
デッガーの去り際、リエティールが声をかける。
「あの、美味しかったですか?」
「あ? ……ああ」
彼は初め何のことを言っているのかわからない、という様子であったが、ややあって茶菓子を持ってきたのが彼女であり、その感想を尋ねられているのだと理解する。
彼は目を逸らして席から離れつつ一言、
「案外悪くなかった」
と言い残して部屋へと戻っていった。
いつも誤字報告をしてくださる方、ありがとうございます。とても助かっております。
気づき次第修正しています。
また、10万PVを達成していたので、再び活動報告でお礼の裏話を書きました。時間がある時にでも是非。




