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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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141.幸せな顔

 公園に着くと、レパルゴは写し絵を撮る場所を決めるためにあちこち歩き回り、最終的にエゼールは噴水の前で、リエティールは建国王の像の側で撮影することになった。

 エゼールは髪が深い茶色で、ドレスも全体的に淡く青色を帯びているため、日の光を受けて輝く噴水の前でも溶け込むことなく収めることができる。

 対してリエティールは全身が白いため、噴水を背にすると背景に溶け込んでしまう。そのため、像のそばに決まった。足元は緑の芝生があり、像の側には花の咲く植え込みがあり、更にその後ろには木々が並んでいるため、白色が良く映えるのである。


 初めにエゼールの撮影が始まった。写し絵を撮るためには暫くの間じっとしている必要があるため、無理のある姿勢はできない。

 エゼールは噴水の縁に腰掛け、レパルゴの設置したアーマックに向かって柔らかく微笑む。表情を作ってそのまま保つ、というのは難しいものであるが、エゼールは見事最後までその笑顔を保って見せた。

 撮影の最中、道行く人がその様子を物珍しそうに眺め、またある人はエゼールに釘付けになっていた。


 エゼールの撮影が終わり、リエティールの番になる。

 像の側に立ち、ゆっくりと深呼吸をする。いざ撮影となると緊張してしまい、リエティールは像の側で直立不動になってしまう。


「もう少し、落ち着いて」


 レパルゴにそう言われるも、今の彼女は呼吸をするだけでも精一杯である。とてもではないがリラックスできる状態ではない。

 そんなリエティールに、今度はエゼールが声を掛ける。


「大丈夫よリーちゃん! ほら、目を閉じて、ゆっくり深呼吸して……楽しいことを思い浮かべるの」


 その言葉に、リエティールはまず目を閉じることに成功する。すると、アーマックが視界から消えたことで、多少落ち着いて思考する余裕ができる。

 深呼吸をしながら、リエティールは「楽しいこと」を考える。


──楽しいことってなんだろう?エフィと遊んだこと?美味しいものを食べたこと?

  確かに楽しいことだけど、何か違う気がする……。

  ……そうだ、母様は人間ナムフとの思い出を話すとき、いつも嬉しそうな顔をしていた。

  だから、その記憶を辿れば……。


 リエティールは目を閉じながら、自らの意識を氷竜エキ・ノガードの記憶の方へと向ける。



***



「ドラジルブ様、今年も沢山エルパの実が採れました! これもドラジルブ様が山から雪をどけてくださったおかげです! ありがとうございます!」


 そう言って、農民達は籠一杯のエルパの実を氷竜の前に差し出した。赤く艶のある実は、日の光を受けて美しく輝いていた。大きく、傷一つ無いのは、彼らの努力の賜物だろう。


『そうか、それは良かった。 だが、我はこれ程大量には物を食べないといったであろう? 以前お前たちが持ってきた分もまだ残っているのだぞ』


 氷竜は嬉しそうに言いながら、どこか困ったようにそう答える。彼らが持ってきたエルパの実は山盛りであるが、氷竜の体躯からすれば一口であっという間になくなってしまうくらいの量である。

 しかし、基本的に食事をせずとも生きていける氷竜にとって、食料と言うのは嗜好品のようなものであり、そこまで頻繁に口にするものではない。それ故、氷竜の貯蔵庫の中には、以前もらった食料がまだ大量に保管されていた。

 しかし、農民達は首を横に振ってそれを取り下げるのを拒む。


「いいえ、ドラジルブ様。 私達のこの実りはドラジルブ様のお力添えあってこそなのです。 そして、これが精一杯の感謝を表す方法なのです。 どうか、受け取ってください!」


 そう言って彼らは皆深々と頭を下げる。


『ふむ……そこまで言うのなら、受け取っておこう』


 そう言われてまで受け取るのを拒否することは、人間のことが好きな氷竜にはできなかった。氷竜がそう言うと、エルパの籠の周りにそっと雪が舞いついて、その籠を氷竜の方へと引き寄せていった。

 それを見届けた農民達は、心から嬉しそうな表情になり、


「ありがとうございます!」


と再び頭を下げ、満足そうに来た道を戻って言った。

 そして彼らが去った後は、別の農民グループがやってきて、


「ドラジルブ様、ピーフの毛が今年はとても良質に育ちました! これはその毛で作った服なのですが、記念の品としてぜひお納めください!」


と言うのである。そして氷竜は再び、困ったように微笑むのであった。


(私は、幸せだ。 こうして沢山の人間と話し、愛することができるのだから)


 氷竜は心の底からそう思い、自分が作った雪原の真ん中にできた道に続く、人の列を見る。

 その顔には、紛う方なき喜びが溢れていた。



***



「……ちゃん、リーちゃん!」


 エゼールの呼びかけで、リエティールははっと我に返る。どうやら記憶を思い出すほうに意識を向けすぎて、いつの間にか撮影が終わっていたようであった。


「ええと、終わり……ですか?」


 リエティールはやや慌ててレパルゴにそう尋ねる。すると彼は頷いて答える。


「ああ、思っていたよりもずっと綺麗な写し絵が撮れた筈だ」


 そう言う彼の顔はとても満足そうである。

 続けてエゼールも同意するように頷いて、


「ええ、リーちゃん、とっても素敵だったわ! まるで、別人みたいだった!」


と言う。

 褒められていることは分かるのだが、本人はいつ目を開いたのか分からない程、完全に意識が他所に向いていたので、自分がどんな顔をしていたのか全く分からず、戸惑うことしかできなかった。


「写し絵の完成には少し時間が掛かる。 明日以降であればできているだろうから、好きな時間に取りに来てくれ。 飾るのは完成を確認してもらってからにするからね」


 レパルゴはそう言うと、二人に感謝の言葉を告げて店に戻っていった。

 彼が去った後、リエティールはエゼールに尋ねた。


「エゼールさん。 私……どんな顔をしていましたか?」


「え? ええとね……とっても優しくて幸せそうな顔だったわ!」


 エゼールは笑顔でそう答えた。

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