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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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139.撮影家レパルゴ

「今の人が、許婚ですか……?」

「ち、違います!」


 セノの問いに、エゼールはすぐさま反応して否定した。そのあまりの必死さに、セノは一瞬気圧されたようにたじろいだ。

 リエティールはそっと彼女のドレスを引いて、それに気がついたエゼールは自分が興奮していることに気がついてはっとし、恥ずかしそうに顔を俯け、


「す、すみません……」


と弱弱しく言った。セノもそれに対して「こちらこそ申し訳ありません」と謝る。


「でも、いつかは……そうなるのだと思います」


 そう言うエゼールの表情は暗い。節目がちな表情からは、本当に嫌だという気持ちが透けて見える。

 そんな彼女に対して、セノは問いかける。


「それ程嫌なのであれば、お父様にしっかりと伝えるべきなのではないでしょうか」


 最もな疑問である。エゼールが本気で嫌なのだと伝えれば、彼女の父親が余程自分勝手ではない限り考え直してくれるだろう。

 しかし、エゼールはその問いに対して難しそうな顔をする。


「それは……はい。 きっとお父様も真剣に話せば、私の気持ちを尊重してくれるだろうとは思います。

 ですが、私が頑なに拒み続ければ、我が家とプレホン商会との関係性は多かれ少なかれ悪化するでしょう。

 長年続いてきた関係を崩すことなど、できません……」


 力なくそう語るエゼールに対して、リエティールは異議を唱える。


「そんなのおかしいです。 自分じゃない人のためにエゼールさんがそこまで苦しんで我慢するなんて、酷いです」


 リエティールのその言葉に、エゼールは嬉しそうに、だが同時に無力さを感じさせる顔で微笑んで、こう答えた。


「ありがとう、リーちゃん。

 でもね、貴族って言うのは、個人よりも家柄を大切にしなければいけないの。 そういう、ものだから……」


 スラムで育ったリエティールには、貴族というものがどういうものなのか、お金持ちであるということ程度しか分からない。

 だが、そういうものだと言われてしまえば、リエティールはそれ以上何かを言うことはできなかった。エゼール自身がそう認めてしまっている以上、簡単に説得することは無理だろう。

 セノも、何か言いたげな様子ではあったが、かける言葉がうまく見つからないのだろう、困った顔のまま口を噤んでいた。


 どことなく三人の周囲が暗い雰囲気に包まれると、エゼールはぱっと顔を上げて笑顔を作り、


「ごめんなさい、私のせいで! 私のことは気にしないでください」


と言った。そういわれた二人もこの話題を続けるのはよくないと何となく察し、それ以上話す事はやめた。


「それでは……今日はありがとうございました。 さようなら」


 エゼールがセノに向かってそうお辞儀をすると、リエティールも真似をして同じようにお辞儀をする。

 セノもそれに答えるように綺麗に礼をし、こう言った。


「こちらこそ、今日はお出で下さりありがとうございました。 次のパーティが開催される時も、また招待状をお送りします」


 彼の言葉にエゼールは嬉しそうに微笑むと、彼に見送られつつリエティールの手を繋いで城を後にした。会場から出ると、扉の横にいた使用人からお土産の品として一袋の茶菓子が手渡された。

 城内から出る際、庭にいた令嬢達から羨望と嫉妬の入り混じった視線が一斉に向いたことに、リエティールは気がつかなかったが、エゼールはほんの僅かに苦笑を浮かべていた。



 城を出た後二人は、約束通り写し絵を売っている店へと向かった。

 先に着替えるべきかということをリエティールが尋ねたが、服屋よりその店の方が近いことと、今日は城の近くであればドレスで歩いていてもおかしくはないということで、二人はそのままの格好で店まで歩いた。

 店の正面にはショーウィンドウがあり、そこには数枚の王都の町並みを写した風景写真が飾られていた。そこに並んでいる絵は全て色が付いている。


「すごい、綺麗……」


 リエティールは公園や教会のステンドグラスなど、自分も見た景色がそこに写されているのを見て感動してそう呟いた。


「色の付いた写し絵は、特別な紙が必要になるから、色の無いものより貴重で高いのよ。

 ただでさえアーマックの値段も張って入手しづらいものなのに、そんな特別な紙を使っている写し絵は、そう簡単に手に入れられるものじゃないの」


「へぇ……」


 エゼールの説明を聞きつつ、リエティールは暫し店先の写し絵に見とれていた。


「お店の中にはもっと沢山写真があるわ。 見に行きましょう?」


 ショーウィンドウから離れないリエティールに苦笑いを浮かべつつ、エゼールがそう言うと、リエティールはすぐに頷いて彼女について店の中に入った。


 店内には壁一面に写真が飾られていた。店先のもののように大きな色つきの絵もあれば、白黒の小さな絵もある。


「おや、いらっしゃい」


 店内にいて、そう声をかけてきたのは初老くらいの見た目の男性で、着古した様子のベージュの服に長めの髭、笑顔で垂れた目が優しげな印象を与える。


「このお店の店主のレパルゴさん。

 王都で一番の撮影家で、お城のお庭に入って写し絵を撮る許可を持っている数少ない方なのよ。 王都に出回っている王様の写し絵もこの方が撮影しているものなの」


「いや、一番なんて、照れるな」


 エゼールに紹介され、レパルゴと呼ばれた男性は気恥ずかしそうに頭をかきながらそう言う。しかし、城内に入れ、更に国王の写し絵の撮影もできるというのは、いかに凄い人物であるかと言うことを物語っている。

 店の一番大きな額縁の中には、綺麗な城の写し絵が飾られており、そのすぐ側に国王の写し絵が並んでいた。

 リエティールの視線がそちらに向いたことに気がついたのだろう、レパルゴはその写真について語り始めた。


「その城は、私がアーマックを手に入れて初めて上手く撮れたものでね。 色つきの写し絵一枚取るのにかなり値段が掛かるものだから、上手くいった時は飛び上がって喜んだものだ。 思い出の品だよ。 まあ、今見れば拙い出来だが。

 王様の写真は最近のものさ。 お城の人に定期的に撮影を頼まれていてね。 今の王様はまだまだ若くて成長期だから、すぐ見た目が変わるからね」


 城の写し絵は、彼が言う通り古いものなのだろう、若干色褪せているのがわかる。対して国王の写し絵はそれに比べると明らかに鮮やかな色をしている。


「どっちも、とっても素敵です」


 鮮やかなものは勿論、色褪せてきているものもどこか温かみを感じるような風合いになっており、リエティールはそこが気に入っていた。


「嬉しいことを言ってくれるね。 ……そうだ、褒めてくれたお礼に、いいものを見せてあげよう。 こっちにおいで」


 リエティールの賞賛が嬉しかったのか、彼は満足げに笑うと、そう言って二人を手招きして店の奥のほうへと来るように示した。

 一体なんだろうと二人は顔を見合わせて首を傾げつつ、彼の手招く方へと向かっていった。

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