135.絶妙な関係性
エゼールを招待したという男性は、ため息を吐いてからすぐ姿勢を正すと、エゼールに尋ねた。
「それで、そちらの方は?」
「私のお友達です。 ここに来る途中で仲良くなりまして、お誘いいたしましたの」
エゼールがそう言うと、男性はリエティールに向き直り美しく礼をする。
「初めまして、御友人。 私はこの城の兵士であります、セノと申します。 どうぞお見知りおきを」
「あ、えっと……エルトネのリエティールです。 よろしくお願いします」
慌ててお辞儀をし名乗り返す。するとセノは少し驚いた顔をして、すぐに表情を戻す。
「失礼しました。 エルトネと聞いて、少々驚いてしまいました」
どうやらリエティールがエルトネであるとは思っていなかったようだ。それを見ていたエゼールは、珍しいものを見たというように「まあ」と小さく笑った。
「リーちゃん、彼のことは私からも紹介させていただくわね。
セノさんは、私がまだ小さかった頃、お父様と一緒に王都に来た時、迷子になった私を助けてくださったのよ。
当時はまだお城のお勤めでは無くて、町の警備をしている巡邏隊の一人でいらっしゃったの。 迷子になってないていた私に優しく声をかけてくれて、一緒にお父様を探してくださったわ。
歳がそう離れていなかったからか、私はすっかり安心してしまって……」
「お父様が見つかった後も、暫く私の手を離してくださいませんでしたね」
セノがそういうと、エゼールは恥ずかしそうに顔を背けた。彼女はそれから口を開かなくなってしまったので、セノがその話の続きを話し始めた。
「それから暫く、彼女は王都を訪れる度に私を探して話しかけてこられるようになりました。 それで結局迷子になってしまい、一緒に捜す事になるのです」
「あうぅ……」
聞いていて余計恥ずかしくなってしまったのか、情けない声を出して顔を覆うエゼール。それに構わず彼は話を続ける。
「ある時、いつものように私の元へ話しに来た彼女は、一通り話が終わって私が『では、お父様を捜しに行きましょう』と言うと、首を振って『今日はお父様はいません。 私一人です』と言い、私の手を取って『だからもう暫く一緒にいてもいいですよね』と笑って……」
「も、もうやめてください! 話し始めた私が悪かったですから! お願いしますっ!」
嘗ての自分の行動を思い出し、限界になったのかエゼールはそう言って話を遮った。遮られたセノの方はと言うと、慌てるエゼールを見て悪戯な笑顔を浮かべていた。どうやら過去のことを詳細に話し始めたのは意図的なことだったらしい。
見かけによらずいたずら好きな性格なのかもしれない、とリエティールはそんなセノの様子を見ていた。
少しして落ち着いたエゼールは一つ咳払いをする。顔はまだ少し赤い。一方のセノはすっかり何事も無かったかのような顔をしている。
「こほん。 ……それで、元々巡邏隊の一員だった彼は、その立派な働きぶりが城の偉い方々の目にとまって、城の兵士に昇格されたの。
それから……暫く会えなくなって寂しかったけれど、つい最近、昇進したという手紙と、それに伴って城に客を招待できる権利を得たという言葉と一緒に、招待状を送ってくださったのよ」
それが彼女が城へ招待された理由だという。「でも」と言って彼女は話を続けた。
「どうして私だったのですか? 普通、こういうものは御家族の方等に送るものでは……?」
そう尋ねると、セノは再び笑みを浮かべる。
「家族には会おうと思えば会えますが、貴女にはそう簡単には会えませんから。 それに、そろそろ寂しくて泣かれてしまうのではないかと思いまして」
彼がそういうと、エゼールは再び顔をより赤くする。それから少し怒り顔になり、
「い、いつまでも子ども扱いしないでください!」
と反論する。しかし、それに対して彼は特に何も言わず微笑むばかりだったので、エゼールは悔しそうに唸るばかりであった。
その様子を見てリエティールは、敬語を使う間柄ではあるけれど、その実かなり親密な関係なのだろうなと感じ、羨ましさを感じていた。
それから、お似合いだな、とも思っていた。
そんなことを思われているとは露知らず、二人の小さな口喧嘩はエゼールの敗北で終わり、彼女は少しすねたようにそっぽを向いていた。
セノは、彼女のことを優しい目で見つつ、リエティールの方へと向くと、
「お待たせしてしまい申し訳ありません。 会場の方へご案内します」
と言って、城の内部の方へと歩き始める。
しかし、彼が数歩進んだところで、後ろからエゼールが呼び止めた。
「あ、あの! ちょっと待ってください!」
その呼び声にセノが振り返って「どうかしましたか?」と言うと、エゼールは小走りで駆け寄り、彼の前に小さな箱を差し出した。
「昇進のお祝いと、招待のお礼の気持ちを込めて、その……プレゼントです」
先程までの言い合いで気まずいのか、ぎこちないながらも彼女はそう言って箱をセノに渡す。
彼は不意を突かれたと言う様に、目を丸くして驚いていたが、次には悪戯っぽいものではなく優しい笑みを浮かべ、
「ありがとうございます。 今、見ても?」
と尋ねる。それに対してエゼールが頷くと、彼はそっと蓋を開いた。
中身は先日リエティールと一緒に考え、彼女が選んで買った白いハンカチであった。しかし、そこには買った当初は無かったセノの名前の刺繍が入っていた。
彼は暫くそれをじっと見つめた後、ふっと笑うと蓋を閉じ、それからエゼールに歩み寄り、徐に手を伸ばして彼女の頭の上に置き、ゆっくりと撫で、
「ありがとうございます。 大切にします」
と言った。エゼールは一瞬体をびくりとさせ、その表情が少し緩んだが、すぐに不満げな顔でそっぽを向くと、
「だから、子ども扱いしないでくださいって、言ってるじゃないですか……!」
と捻くれた調子でそう言った。




