134.招待者
辺りの異様な雰囲気に包まれつつ、隣で苦笑を浮かべているエゼールにリエティールは話しかけた。
「今のが……?」
「ええ、そうよ。 今のがこの国の現国王の……」
「エクナド様よ!」
エゼールが話している途中で、突然話しに割り込んできた人物がいた。驚いて二人がそちらを振り返るや否や、その人物は饒舌に話し始める。
「齢7歳にして即位なされて今年で14歳になられた、若き麗しの王様!
まだ子どもとは思えないほど大人びていて、その誠実さと美しさで国民を虜にし、国の平和を守られているのよ!
しかも普段は姿を見せないところがとてもミステリアスで、そこもまた魅力的なのよ!」
ねー!と隣にいた友人であろう人物と息のあったやり取りをする。そんな二人の後ろからやってきた男性が、ぐいと背中の辺りを掴んで呆然とするリエティール達の前から引き剥がす。
「ちょっと! 何するのよー!」
「ドレスにシワが付いちゃうじゃない! やめなさいよー!」
「やめるのは姉さん達の方だろ、初対面の人にいきなり捲くし立てるなんて失礼だろ。
……姉達がすみません、きつく言っておきますので」
男性はそう言って頭を下げると、暴れ騒ぐ女性二人を掴んだまま去っていった。どうやらとても苦労人のようだ。
そんな三人が去っていくのを見て、リエティールとエゼールは顔を見合わせて再び苦笑するのであった。
「じゃあ、いよいよ中にはいりましょうか」
エゼールにそう言われ、リエティールは頷いた。二人は場内への入り口へと向かう。
門前には多くの兵士が立っており、招待客の列を見守っていた。中に入るには招待状を提出し、差出人である城の関係者に確認を取ってからではないといけないようで、一人ひとり入るのにはそこそこの時間が掛かっていた。
暫く並んで漸く二人の番が回ってきた。
「招待状の確認を行います。 ご提示ください」
兵士の一人にそう促され、エゼールはハンドバッグに手を入れる。ややあって、
「あら……?」
と、どこか焦ったような声色でエゼールが呟いた。それから少し忙しなく手を動かすも、招待状を取り出す様子はない。
「大丈夫ですか?」
心配になったリエティールが声を掛ける。するとエゼールは顔を上げる。その顔色はどこか蒼褪めていた。
「無いの、招待状が……!」
信じられないといった様子で再び探し始めるものの、幾ら探しても招待状が出てくることは無かった。
「まさか……」
二人の脳裏には同時にある人物の姿が過ぎった。庭を歩いていた時にぶつかった女性である。
エゼールのハンドバッグに触れたのは、エゼール以外にはその女性だけである。招待状を中から出すには手を触れて開く以外に方法は無いのだ。そうなると、あのぶつかったのは偶然ではなく意図的であった可能性が高い。何らかのきっかけでエゼールが招待客であることを知り、狙って犯行に及んだのであろう。
「そんな、どうにかなりませんか?」
「招待状が無い限りは、場内に入れるわけにはいきません」
エゼールが縋る気持ちで兵士にそういうが、兵士は首を横に振って答えるのみであった。
「ああ、そんな、招待状をなくすなんて……」
途方にくれた様子で顔を覆い、どうすればいいのかと嘆くエゼールになんと声をかければよいのか、リエティールはおろおろと途方にくれるしか出来なかった。
「さっきすれ違った人に盗まれたかもしれないんです。 探してもらえないですか……?」
リエティールはなんとかしたいと思いそう兵士に尋ねる。
兵士は相手が子供と言うこともあって一蹴しづらそうに、困り顔でリエティールを見る。
「招待状を持ってきた人が違うと確認が取れれば、正しい招待客の元へ返すことはできますが、こちらから探すことは難しく……」
「レケータ」
兵士が言い淀んでいると、その背後から一人の人物が現れ、兵士にそう声を掛ける。レケータと呼ばれた兵士は振り返ると、その姿を見て酷く驚いた様子で、
「た、隊長!」
と言い、姿勢を正した。隊長と呼ばれた男性は兵士に向かって言う。
「その女性は私の招待客だ。 通して差し上げろ。 招待した本人が言うのであれば問題ないだろう? 何かあれば私が責任を取る」
「は、はい。 隊長がそうおっしゃるのであれば……。
どうぞ!」
兵士は慌てて一礼すると、エゼールとリエティールを中へと通すために道を開いた。男性は兵士に更に続ける。
「この後、ラツィルクを名乗る不届き者が現れた際は速やかに拘束し私に報せるように。 いいな?」
「はい! 承知いたしました!」
ビシッと敬礼し、兵士はそう答える。その様子を見て一つ頷くと、
「エゼール嬢、こちらへ。 お連れの方も」
と言って手を差し伸べる。エゼールがそっと手を重ねると優しく握り、中へとエスコートする。リエティールはエゼールの反対の手を手を繋いでいた。
入り口から見えないところまで歩くと彼は止まり、二人と向き合った。
「改めまして。 よくきてくれましたね、エゼール嬢」
男性はそう言ってエゼールに向かって優しくはにかむ。金色の短く切りそろえられた髪に、翡翠色をした鋭い目は少しきつめの印象を与えるが、その表情はとても優しいものであった。
「は、はい。 こちらこそ、招待していただき嬉しいです。
それと、先程はありがとうございました」
ぺこり、とエゼールはお辞儀をする。その声は若干上ずっており、顔は仄かに赤く染まっている。彼女の気持ちが高ぶっているということは、リエティールから見ても明らかであった。
「当然のことをしたまでです。
それにしても、招待状の偽造や窃盗、譲与は重罪だと、あれだけ張り紙をしているというのに、未だにこのようなことをする者がいるとは……嘆かわしいことだ」
男性はそう言い、額に手を当てて深いため息を吐いた。




