132.純白の想い
宿で眠り一日を終え、翌朝。
リエティールは早めに起きて簡単な朝食を済ませると、足早に町へと繰り出した。エゼールとの合流前に着替えを済ませるためである。
彼女は今日コートを着ていなかった。着替えれば脱ぐことになるので、予め着ずに来たのだ。脱いだ洋服は店で保管してもらえるという事にはなっているが、コートは自分で持っておきたいので空間に仕舞っておいたのである。
そしてワンピースも当然同じように仕舞っており、今着ているのは予備の服であった。槍も同様にしまってある。
店に着くと、店員が「お待ちしておりました」と快く出迎え、着替え部屋のある方に通される。通常服屋の開店時間はもっと遅いのであるが、パーティの期間はリエティールのように着付けを頼む人が増えるので、こうして早い時間から開いているのだという。この店でも、既に他の客の着付けを行っている様子であった。
着替えの前に軽く髪を整えると言われ、専用の椅子に座らされる。普段髪の手入れなど、気になった時に手で梳くくらいであるため、結構な癖がついているのだが、店員は様々な道具を使い、丁寧に癖を直し形を整え、恐らく明日になればまたほぼ元通りになるのであろうが、大分落ち着いて綺麗に整った。
その後、持って来たドレスを着付けてもらい、余所行きの正装を見事に身に纏い、店員にお礼を述べてからリエティールは待ち合わせ場所の広場まで急いだ。
広場の花壇前について程なく、エゼールがやってくると、すぐにリエティールに気がついて手を振りつつ小走りで駆け寄ってきた。
「おはようリーちゃん! やっぱりそのドレス姿、とても素敵ね!」
にっこりと笑ってそう言う彼女もまた、今日のためにドレスを身に纏っていた。
真っ白な膝下丈のエーラインドレスは、薄い青色のベールが重ねられているようなデザインで、フィッシュテールの形になっている。袖口や襟ぐりには花のレース模様があしらわれている。そして髪は一つに束ねて青色のリボンをつけており、綺麗と言うよりは可愛らしい印象を与える。
「エゼールさんも、素敵です」
「ふふ、ありがとう! じゃあ、さっそく行きましょうか」
嬉しそうにそういうと、彼女はリエティールの手を取って城のある方向へと歩き出す。
城への道中はそれなりに長い道のりとなるのだが、リエティールはその最中、何度も辺りをキョロキョロと見回していた。というのも、やたらと視線を感じるためである。視線を感じる方へ目をやると、明らかに目をそらされたり、ばっちりと目が合ったりするので、間違いではない。
リエティール自身はそれが何故なのか全く分かってはいないが、理由は彼女の見た目が以前エゼールが言った通り、目立つためである。肌が白かったり髪が白かったりする人物は、そこまで珍しいものではない。しかし全部が白いというのは珍しいものである。珍しいものと言うのは、特に見るつもりがなくとも、視界に映るとつい目を向けてしまうものである。
リエティールは自身に向けられる視線の理由が分からないまま、不思議そうに首を傾げつつ城へと歩くのであった。
***
「ふう……」
凝り固まった自身の体を解すように、エクナドは深く息を吐いた。軽く肩を回した後、身だしなみを再度確認する。
すると扉がコンコンとノックされ、向こう側から声が掛かる。
「エクナド様、よろしいですか」
それはお付の執事であるナイドローグの声であった。エクナドの準備が終わったのか確認しに来たのであろう。
「ああ、入っていいぞ」
エクナドがそう返すと、一言「失礼します」と断った後、ナイドローグが入ってきた。後ろには護衛の兵士もついている。入ると同時に着替えの手伝いをしていた従者達が後ろに下がる。
「ナイド、どうだ? 少しは様になってきただろうか」
「……ええ、お似合いです」
ナイドローグはそう答える。そこに悪い意味を含む言葉は一つも入っていないにも拘らず、エクナドは僅かな間を感じ取って少し表情を曇らせた。
先代である父王の代から仕えてきた執事であるナイドローグに認めて欲しいと、エクナドは常々思ってきた。そのため、孫を見る祖父のようなその視線や言葉がずっと気に入らなかった。なので仕事は一切手を抜かず、たまにある空いた時間には鍛錬に励み、体作りにも努力してきた。
にも関わらず、ナイドローグの態度は変わらず、それどころかどんどんぎこちなくなってきているような気さえする。
エクナドはその原因が、ナイドローグの記憶の中の父の姿と自分が比較されているからだと思っている。
今彼が着ている正装は、父が着ていたものと同じデザインである。白地に銀と青の装飾が上品に施されたそれは、強さと聡明さを感じさせるだろう。
ナイドローグの中では、この服が一番似合うのはまだ父なのだ、とエクナドは思い、悔しさを滲ませる。
「……そうか」
だがエクナドはすぐに、何事も無かったかのように表情を取り繕う。ここであからさまな反応を見せてしまえば威厳を失ってしまうと、堪えたのだ。
自分はまだ14歳。成人もしていない子どもなのだから、きっと父の面影には敵わないのだ。大人になりもっと立派な姿になれば、きっとナイドローグも、誰もが認める王になれる。と、エクナドは自分に言い聞かせた。
「では、こちらを」
そう言ってナイドローグが差し出してきたのは一つの箱。純白の美しい箱の蓋を取れば、中にあるのは一つの美しい首飾りであった。
エクナドはそれを手に取り、自分の手で首に掛ける。冷たい輝きを放つそれは、静かに彼の胸元に納まった。
それは、王族以外が触れることは許されていない、この国に代々伝わる秘宝である。
初代国王、建国王トラットス・エンガーが、エルパの実と引き換えに氷竜から授かった、鱗を削り出して作り出されたといわれるものだ。
エクナドはそれにそっと手を重ね、深く思案するように目を閉じ、そして、
「行こう」
と言い、ナイドローグと共に部屋を出た。




