129.純白の上で咲く花
ハンカチを買った後、エゼールはリエティールにこう話しかけてきた。
「あの、リーちゃんは、明日もその格好でパーティに出るのかしら?」
その問いに対してリエティールは当然と言った様子で、平然とした顔で頷く。すると、エゼールは少し悩むような素振りを見せると、
「ええと、もしよければ、今回のお礼と言うことでパーティ用のお洋服を買わせてもらえないかしら?」
と言った。
パーティ用の服と言えば、正装である。町の様子を見たリエティールは、その服と言うのがドレスであるとすぐに理解した。そしてドレスがとても高いということも分かっていた。
「え、えっと……流石にそれは、悪いです。 私は思いついたことを言っただけで、選んで買ったのはエゼールさんです。 気にしないでください」
ハンカチとアイデアを言ったこととドレスを買うことはいくらなんでも吊りあわないと思い、リエティールは慌てて両手を振ってそれを拒んだ。堅苦しい形式ばった者でもないため、正装でなくとも問題はないはずである。
しかし、エゼールはリエティールの言い分には同意せずにこう言った。
「あのね、実は昨日、リーちゃんにとても似合いそうな服を見かけて、一目ぼれをしてしまって……是非着てもらいたいなって思ったの。
試着してくれるだけでもいいから……駄目かしら?」
お礼と言う名目のはずだが、何故か両手を合わせて首をかしげ、ねだるようにそう言われると、リエティールは断りづらくなり、困惑しつつも着るだけならいいだろうかと思い頷いた。すると途端にエゼールは顔を明るくし、「ありがとう!」と言ってリエティールの手を繋ぎ、早速歩き出した。
少し歩いて、エゼールは「ここよ」と言って店に入った。先ほどハンカチを買った店はプレホン商会の店であったが、この店はプレホン商会の名やマークのついた看板は無く、どうやら関係の無い店のようである。一目ぼれ、というのはどうやら本当のようであった。
恭しく一礼して向かえた店員の前を過ぎ、エゼールは外から見える位置に飾られていたドレスの前に進んだ。
「これなのだけれど、どうかしら……?」
そう言って彼女が示したのは、リエティールに丁度良さそうな子どもサイズのアフタヌーンドレスで、純白でシンプルだが、決して地味ではない。大人しい印象を与えるが袖はレース状になっている。
リエティールはドレスをじっと見つめつつ、こんな綺麗な服が本当に自分に似合うのだろうかと信じられずにいると、そんな彼女の横でエゼールは店員に声を掛けており、リエティールが気がつかないうちに試着の手続きを済ませていた。
されるがままにリエティールは店員に連れられ試着室の中に入ると、手際よくドレスが着付けられていく。
その際、鱗があるのを見られては不味いと思い、リエティールは咄嗟に魔力を動かして鱗を変化させて見えなくした。一瞬動きが止まったリエティールに、店員は不思議そうに「どうかなされましたか?」と声をかけたが、平静を装って「なんでもないです」と咄嗟にごまかし、何とかばれずに事なきを得た。
それ程時間も掛からず着付けは終わり、試着室のカーテンが開けられる。
リエティールの姿を見た瞬間、エゼールの顔には喜びの色がはっきりと浮かび上がり、
「思ったとおり、とっても素敵だわ! まるで、氷の霊獣種さんみたい!」
と声を弾ませた。店員も横に立ち、「とてもお似合いでいらっしゃいますよ」と言った。
今のリエティールは文字通り全身が真っ白であった。エゼールの言う通り、肌も髪も目も、そして服も白い今の姿は、ドレスと言うこともあって特別な存在に見えなくもない。胸元には外すのを拒んだエフナラヴァのペンダントが銀色の輝きを放っている。
「ねえ、明日のパーティ、やっぱりこれを着てくれないかしら? とってもかわいいから、今だけなのは勿体無いわ! 私の我侭だけれど……」
近付いて手をとりつつ、エゼールはそう頼み込むように言った。
目立つのは極力避けたいという気持ちもあり、リエティールはかなり悩んだが、目の前で少し不安げにこちらを見つめてくる視線には耐えられず、最終的に根負けして頷くこととなった。頷くと同時に、エゼールは手放しで喜んだ。本当に心から気に入っている様子であった。
「この国での正装は、白い服に何か色の付いた装飾品を身につけるのが一般的なの。 一番主流なのは青色なのだけれど……」
そう言ってエゼールは、今度はドレスではなく装飾品の方に目を向けた。リエティールのアクセサリーを探すつもりなのだろう。
流石にアクセサリーまで買ってもらうのは、と思い、リエティールはなんとか彼女を止める方法はないかと思案する。
「あ!」
と、何かを閃いて声を上げ、リエティールは試着室の中に戻る。不思議そうにそれを見ているエゼールを尻目に、リエティールは脱いでいたコートの内側に手を入れる。そして、内側から取り出すフリをして、空間から一つ目的のものを取り出した。
リエティールはそれを持ってエゼールのほうを振り返ると、自らの胸元にあてがって見せた。
「それ……」
リエティールが手に持っているものを見た瞬間、エゼールは思わずそう声を漏らした。リエティールが持っていたのは、以前彼女が渡した花のモチーフであったからだ。
「これじゃ、駄目ですか……?」
黒色と白色の花びらの中心には、深い青色のビーズが照明の光を受けてその色を鮮やかに浮かべている。真っ白なドレスの上で、それは確かな存在感を放っていた。
「ありがとう、とても素敵だと思うわ……!」
エゼールは感動したのを露にし、今日一番の笑顔でそう答えた。




