128.悩ましい贈り物
翌朝、いつもとあまり変わらない時間にリエティールが目覚め、部屋を出ると、起きている筈のナーツェンがカウンターの中にある椅子に腰掛けて転寝をしていた。
リエティールが声を掛けると彼はすぐに目を覚ました。一体どうしたのかと聞いてみると、どうやらいつもよりかなり早く起きたデッガーに無理矢理起こされて朝食を作らされたという。デッガーが出ていった後、もう一休みしたいと椅子に腰掛けて休んでいたところ、そのまま眠ってしまったのだという。
「全く、困った奴じゃわい」
そう一言ぼやき、しかしその顔には憂いなどは無く、椅子から立ち上がるとすぐにリエティールのための朝食を用意し始めた。
昨日の肉がまだ残っているようで、幾つかの野菜を肉で巻いて焼いたものに、生野菜をもったダラスとソースを添え、それにじっくりと煮込んだ汁物であるプオ付といった献立であった。
「ナーツェンさんは、お料理は元々得意だったのですか?」
肉巻き野菜を食べながら、リエティールは何気なく尋ねる。
「わしは元々一人で活動していたエルトネでな、まだ若造だった頃は、よく保存食を食べとった。
じゃが、そんな生活を何年も続けられる忍耐力が無くてのぉ、固いパンや肉を食べるのに飽きてきて、うまいもんを食べたいと思うようになった。
とは言え、町の外に食堂などと言うものがあるわけは無く、町から料理を持って来たとて、時間が経てば冷めて味が劣る。
結局、うまいもんを食べるには自分で作るしかないという結論に至っての、狩った魔操種や採った野草を材料に、料理をするようになったわけじゃ。
そんな生活を何年も続けとったら、いつのまにやら上達しとった、というわけじゃ」
調理器具を片付けながら、ナーツェンはそう答えた。リエティールは、きっと野菜の生乳煮だけの生活を体験したら、彼だったら逃げ出していたのだろうか、などと取り留めもないことを想像した。
食事を終えたリエティールは、宿を後にして町に出る。
今日は特に予定も無かったので、ドライグに行って依頼を見繕い、できそうなものが無ければ外に出て適当な魔操種を探してみようと思っていた。
町に出てみると、通りがなにやら賑わっていることに気がつく。そして、明日がパーティの日であることがそれの原因なのだろうという考えにたどり着いた。
特に賑わいを見せているのが服飾などを取り扱う店であり、少し覗いてみると、綺麗なドレスをあてがってどれにしようかと悩んでいる人や、アクセサリーを真剣な眼差しで見繕っている人などで溢れかえっていた。
そしてその殆どが婦人であり、皆どこか気が張っているような印象を受ける。
そんな人波の中を歩いていると、ふと見知った後姿を見かけた。リエティールはその背中に向かって名前を呼んで近づいた。
「エゼールさん!」
その声に、エゼールは振り返った。そしてリエティールのことを確認すると、ぱっと柔らかい笑顔になり手を振り返した。
「リーちゃん、偶然ね!」
「こんにちは。 エゼールさんはお買い物ですか?」
リエティールがそう尋ねると、彼女は「ええ」と頷いてから、困ったように頬に手を当てた。
「実は明日のパーティで、招待してくれた方にお礼としてプレゼントを持っていこうかと思っていて、ずっと考えていたのだけれど決められなくて……もう前日になってしまったから、なんとか決めないととは思うのだけれど、男の人はどういうものを贈ったら喜んでくれるのかしら?」
そう言って彼女は立ち並ぶ店先を眺めながらうーんと唸る。リエティールもその視線を追いかけながら一緒になって考えた。
「お花はどうですか?」
贈り物と言えば、とリエティールは考えてそう言う。それを聞いたエゼールは少し考え込むようにしてから、少し恥ずかしそうな顔をして、
「お花は……その、なんだか、ぷ、プロポーズみたいな気がして……恥ずかしいわ」
と呟くようにそう答えた。
花が駄目となると、リエティールも腕を組んで唸りながら考える。そして今まで出会ってきた男性のことを思い浮かべてみた。
まず浮かんだのはソレアとイップであるが、彼らはいつも軽い鎧を着ており、あと持っていたのはお金、武器と道具類ばかりであった。そしてデッガーもそれは同じである。
エゼールを招待した人物となると、城の関係者ということである。つまりエルトネではないため、そういった道具類を贈り物としてもあまり良くは無いだろう。
他の男性と言えば、リプセーヴ宝飾店のユルックであるが、彼はアクセサリー作り以外に興味がありそうではなく、贈り物の参考にはならない。ラエズのニリッツも武器作り以外に興味はなさそうだ。エレクニスは雰囲気だけは城に仕える人物と言っても通用しそうではあるが、その実はニリッツと同じ武器職人である。
となると、残る男性はナーツェンである。リエティールはナーツェンの様子を思い浮かべる。料理をしているところを思い浮かべてみるが、招待してくれたその人物が料理人でもない限り調理器具を贈っても仕方なく、たとえ料理人だったとしても素人目で選んだ物はあまり喜ばれないであろう。食器も同じ理由で良いとは思えない。
次に思い浮かべたのは、食器を磨いている様子である。しかし食器は今しがた候補から外れたばかりである。
となると、と考えたところで、リエティールは一ついいものを思いついた。
「エゼールさん、ハンカチはどうですか?」
ナーツェンが食器を磨くときに使っている布のことを思い浮かべ、そこから連想してハンカチを思いついたのである。
それを聞いたエゼールも、
「ハンカチ、いいわね! 実用的だし、男性に贈ってもおかしくないわ」
と嬉しそうに頷いて同意した。
早速彼女は周辺を歩いてハンカチを取り扱っている店を探し、一つの肌触りの良い、端に青色で小さな刺繍があしらわれた白いハンカチを選んで購入した。
エゼールがリエティールに感謝の言葉を告げると、リエティールもまた喜んでもらえたことを嬉しく思い、笑顔で頷いた。




