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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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127.懐かしい姿

 宿に着くとナーツェンが二人の奇妙な様子を見て、それから「なるほど」と呟いてにやりと厭らしいような笑みを浮かべた。

 デッガーはその顔を見て自分が何をしているのか気がつき、一瞬固まった後素早い動きでリエティールを降ろすと、彼女の手からひったくるように肉の袋を奪い、ナーツェンの前にズイッと突き出した。


「酒! 酒を出せ!」


 怒鳴るようにそう言うデッガーの顔は、赤く熱を帯びていた。そんな彼の顔をまだニヤニヤと見ながら、


「おうおう、そんなにでかい声で言わなくても聞こえとるわい。

 ま、いいもん見せてもらったからの。 調理には気合を入れさせてもらうわい。 ひょっひょ」


とナーツェンは言い、一度視線をリエティールの方へ向けると、デッガーの前に酒を一本とグラスを置いた。そしてそのまま肉を持って奥の調理台の方へと歩いていった。

 どっかりと乱暴に椅子に座り、デッガーは勢いよく酒を呷り、そして盛大に噎せた。遅れて席に座ったリエティールがそれを見ていると、彼は一瞬そちらに目をやり、決まりの悪そうな表情を浮かべるとすぐに顔ごと視線を逸らしてしまった。それからナーツェンが肉料理を持ってきてからも、彼は掻き込むようにそれを食べつつ、頑なに目を合わせようとはしなかった。

 その後、リエティールはたっぷりの肉料理を堪能し、彼女が一口ごとに食事の余韻にゆっくりと浸っている隣で、早々に食べ終えたデッガーは硬貨だけを叩きつけるように置いてさっさと部屋に戻っていってしまった。

 すると奥に引っ込んでいたナーツェンがやってきて、カウンターに肘をつきその背を見送った後、


「いやぁ、久しぶりに面白いもんが見れたわい」


と、心底楽しいというような顔で言った。それからリエティールの方に顔を向けると、


「知りたいことは聞けたのか?」


と尋ねた。リエティールが「はい」と頷くと、彼は「そうかそうか」と呟くように言う。それから少し間を空けて、再びデッガーが去っていった方を見ると、しみじみとした口調でこう言った。


「奴は人と関わるのを酷く嫌っておる。 わしとは会話してくれるがの、帰ってきて食事をする時、それとなく話を振ってみても他人の名前はひとっつも出てこんかった。

 あやつはまた誰かを失うのを酷く恐れているようじゃ。 そんなんで、わしと出会ってから間もなく、大切な存在を作らないために、わざと仏頂面を貼り付けるようになった。 元々怖い顔をしとるというに、あれは確かに効果覿面じゃろうのぅ。

 じゃから、こうして表情を見せるのは、出会った当初以来かのぉ。 ああ、怒ることはあったがの、こうして何かを誤魔化そうとして怒るなんて事は無かったんじゃ。

 昨日お前さんを連れてきた時は、それはそれは、空から槍でも降って来るんじゃなかろうかと思うほど驚いたわい」


 そう言うナーツェンの顔には、いつしか昔を懐かしむような、嬉しそうな、穏やかな表情が浮かんでいた。それはさながら、子どもの成長を喜ぶ親のようであった。


「しかしのぅ、奴を広告塔にしたのは間違いじゃったわい。 なにせ誰とも会話せんのじゃからのぅ!」


 彼はそう言って茶化すように笑うが、すぐにまた遠くを見つめるような表情に戻ると、再び静かな口調でこう話した。


「お前さんは奴に良くも悪くも影響を与えるようじゃ。 わしは奴の妹の生前を知らぬから何とも言えんが、奴はお前さんに妹の面影を見ているに違いないわい。

 だもんでのう、わしから一つ頼みがある」


 彼はそう言ってリエティールの方へ視線を戻す。リエティールが真剣な面持ちで目を合わせると、彼は優しい目をしながらこう口にした。


「奴がお前さんを守ろうとした時は、素直に言うことを聞いてやって欲しい。 そうすれば、きっと奴の悔いも、少しは癒せるじゃろう」


 そう聞いたリエティールは、少し考えてから頷いた。彼が妹を守れなかったことを後悔しているのならば、自分に誰かを守ることができる力がついたと実感することで、多少は自信がつき心が晴れるかもしれないと、ナーツェンが言いたいことはつまりそういうことだろうと解釈したのである。


 それから、リエティールは出された暖かいクリムを一杯飲み干して、食事代を置いて部屋に戻ろうとした。しかし彼女が席を立とうとした瞬間、ナーツェンは彼女を呼び止め、彼女が置いた銀貨一枚を返した。

 一体どうしてかとリエティールが不思議そうに首をかしげていると、彼はデッガーが置いていった硬貨を手に取り、それを見せた。その手には四枚の銀貨が光っていた。


「これで十分足りるわい」


 そう言うと彼は硬貨を持っていた袋に仕舞いこむと、「今日は店じまいじゃ」と言ってカウンターを閉めて自分の部屋に戻っていった。

 しばしポカンとしていたリエティールだが、すぐにその場を離れて自分の部屋に戻ることにした。

 部屋に戻る際、リエティールはデッガーの部屋の扉を一瞥すると、小さく微笑んで「おやすみなさい」と呟き、それから部屋に入って眠りについた。

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