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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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126.大丈夫じゃない

 リエティールはイップに教わったことを思い出しながら、臓器を避け、肉を部位ごとに丁寧に切り分けていく。大きさや臓器の形や数などは違うものの、山ほどのバリッスの解体でおおよそからだの構造は理解していたため、ホララブの解体は初めてながら順調であった。

 デッガーはと言うと、切り出された不要な部位を穴に放り投げたり、魔操種除けを追加したり、爪や角などの素材を磨いて綺麗にしていた。

 切るのを手伝おうとするとリエティールが気にしてしまうので、かえって効率が悪くなってしまうと思い、大人しくしているのである。そんな彼の顔はとても複雑そうなものであった。


「……にしてもよぉ、お前、まだ子どもなのに、肝が据わってるんだな」


 淡々と肉を切り分けていくリエティールを見て、デッガーはふとそう呟いた。その声にリエティールは顔を上げデッガーを見ると、首をかしげた。


「普通、こう、生き物の解体って抵抗を感じるもんじゃねぇのか?」


 確かに、解体現場の絵面は控えめに言ってもグロテスクな光景には変わりない。エルトネに成り立ての多くは、初めに解体作業で躓くことが多い。皮を剥ぐより以前に、角や爪などを切り取ったりすることに抵抗を感じる者も少なくは無い。中には命玉を取り出すだけでも気分が悪くなり、エルトネをすぐにやめてしまう者もいる。

 そんな中、まだ幼い齢10程度に見える少女が、何の躊躇いもなく魔操種シガムを解体しているというのは、確かに違和感を感じる光景に違いない。


「魔操種相手に戸惑うなと、先輩に言われました。

 それから、すぐに剥ぎ取りのやり方を教わって、山ほどのバリッスを狩って、解体作業をしたので……慣れちゃいました?」


 自分でもそう不思議そうに言うリエティールを見て、デッガーは一つため息をつくと、


「スパルタと言うか、英才というか……とんでもねぇ先輩だなぁ、そりゃ……」


と力なくこぼし、再び手に持った角を磨き始めた。



 日が暮れる前に解体が終わり、デッガーは素材を持ってきていた大きめの袋に入れて担ぐ。

 その時、肉の一部を別の袋に分けて入れていることに気がつき、リエティールはそれについて尋ねる。


「それは、どうして分けているのですか?」


「ん? あぁ、これは売らないで持って帰ンだよ。 で、調理してもらって食うわけだ」


 そう言うと、デッガーは袋の口を閉めてリエティールに投げ渡した。受け取ったリエティールがデッガーの顔をきょとんとした表情で見上げると、


「それを持ち帰るくらいは、当然手伝ってくれるよな?」


と彼は言った。リエティールは少し呆気にとられていたが、自分も食べるものなのだから少し運ぶくらいは手伝うべきだろうと納得し、頷いてその袋を抱えた。

 袋詰めが終わり、デッガーはそれらを背負って立ち上がった。肉、皮、その他素材と、三つの袋はパンパンに膨れ上がっている。大きい魔操種三体分ともなると、余計な物を捨ててもなおとてつもない量と重さを誇る。

 デッガーはそれを楽々と持ち上げ、こともなげに「帰るぞ」と言って歩き出す。背中側から見るその姿は、まるで袋が歩いているようで、リエティールはそのおかしな姿にひっそりと声を抑えて小さく笑った。


 ドライグに戻ると丁度混み合い始めた頃で、広い内部には人がごった返していた。デッガーはその人混みを意に介さずまっすぐ納品受付へと進んで行く。

 リエティールはその後ろにぴったりとくっついてはぐれないように気をつけるが、袋を抱えているために視界が狭まり、誰かの足に躓いてバランスを崩してしまう。その僅かな隙にデッガーとの間に人が溢れ、あっという間に見えなくなってしまう。

 あれよあれよと人に囲まれ、リエティールは慌てて周囲を見回すも、人が動くせいで方向感覚も狂わされてしまう。

 動くことができずに立ち止まっていると、少しして目の前の人混みが割れ、そこにデッガーの姿が現れる。

 安堵の表情をリエティールが浮かべる前に、デッガーは片手でリエティールをヒョイと掴みあげ、素材袋と一緒に背負ってしまう。

 急な事にリエティールが驚いて言葉を失っていると、不意にデッガーが小さく、


「すまねぇ」


と呟いた。その声色には元気が無く、顔も俯けたままである。

 その時、リエティールはデッガーが妹とドライグではぐれたと言っていた事を思い出し、彼がそのことを思い出しているのだということに思い当たった。

 リエティールは両手でしっかりと肩をつかみつつ、優しい調子で「大丈夫です」と答えた。


 それからデッガーは素材を納品したのだが、袋を下ろすときにはリエティールも降ろしたが、その手は絶対に離すことが無かった。

 そして代金を受け取ると彼はまたリエティールを背負った。体格差と力の差によってリエティールは成されるがままであり、抵抗する術も無く背負われる。先ほどは気にしていなかったが、冷静になると周囲の視線が自分に向く感覚がこそばゆく、リエティールはフードを深く被って顔を隠し俯いて只管耐えた。

 宿に着くまで、デッガーがリエティールを降ろすことはなかった。彼のトラウマが相当深い傷である故ということはわかってはいるものの、リエティールは恥ずかしくてたまらなかった。普通に手を繋ぐだけにして欲しいと何度も言おうとしたが、彼の心境を思うと言い出せなかった。

 その後少しの間、子どもを背負う怖い顔の男の姿が一部で話の種となっていたことを知らなかったのは、彼らにとって幸福なことだったであろう。

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