124.その身一つで
呟いた後、デッガーは頭を横に振り、もどかしそうに苛立ちを見せて料理を食べるペースを上げた。その最中、「調子狂うぜ……」と小さく愚痴をこぼしていた。
食後、デッガーが町の外で魔操種を狩ると言ったので、リエティールはそれに同行して見学させてもらうことにした。
この辺りでもワルクはよく見られるらしいが、やはりクシルブの辺りでは見られなかった魔操種も何種類かいるらしい。
今回の得物はその新しい魔操種の一つである「ホララブ」というものである。非常に獰猛で小規模の群れで行動する風属性の魔操種。体長はリエティールよりもかなり大きく、前に突き出した二本の角を持ち、硬くしなやかな尾で自らの体を叩き大きな音を出して威嚇すると同時に、自らを鼓舞するという特徴がある。風の魔法は、主に追い風を起こし加速するのに用いている。
そしてこの魔操種は、先ほどデッガーが食べたケイツの材料でもある。魔操種の肉は基本的に固く、家畜の無垢種と比べると大きく劣る、というものが普通であるが、このホララブの肉は負けず劣らずの質を持つ。固いことには固いのだが、臭みがなく食べやすいので、値段に比べ大量に食べられると、エルトネに絶大な人気を誇っている。そのため、恒常討伐依頼の中でも比較的いい値段で買い取ってもらえるそうだ。
デッガーについてリエティールがやってきたのは、王都の北部に広がる巨大な丘陵地帯である。なだらかな起伏が続き緑で覆われている、魔操種さえいなければここで寝転びたいと思わせるような、のどかな風景の場所である。
「とりあえず、お前は後ろにいろ。 邪魔はしてくれるなよ」
デッガーの言葉にリエティールはこくりと頷くと、その背中について歩いた。
少し歩いたところで、デッガーは近くの茂みを指差し、そこに隠れているように指示した。どうやらホララブを見つけたようで、リエティールは素直に草陰に隠れる。
隠れたことを確認すると、デッガーは口に手を沿え、鋭く声を発した。どうやら声を出すことでホララブの注意を自分に引きつけようとしているようだ。
ホララブはそちらへ首を向けると、その先にいるデッガーに気がつく。途端に雄叫びを上げ、その場にいた三体が一斉にデッガー目掛けて走り始めた。それを確認したデッガーは、背中から大剣を取り出して構える。
近付くにつれ、ホララブの走る勢いで地面が激しく振動しているのが伝わってくる。その巨体も相まって、リエティールは迫力に思わず息を呑んだ。
一体どうやって、巨大な魔操種三体の攻撃を捌くつもりなのかと、緊張した面持ちでリエティールが見守っていると、ついに先頭の一体がデッガーの目前まで迫る。その速度も凄まじいもので、このままではぶつかってしまうのではないかと思う瞬間、デッガーは華麗にそれを躱してみせた。
続いてすぐにやってきた二体目は、角の下から大剣を衝突させ、そのまま持ち上げるように振り切った。かなりのスピードで走っていたはずのホララブは、いとも簡単に弾き飛ばされて仰け反り、その場に停止する。デッガーはそこから素早く身を引いた。
そして間もなくやってきた三体目は、その停止したホララブに半身がぶつかり、ぶつかられた二体目の体に角が突き刺さる。刺された方は悲痛な叫び声を上げ暴れ出し、刺さった方もまた角を抜こうと頭を振り回す。暴れれば暴れるほど傷が抉られ、その光景はまさに地獄絵図であった。
その間に、最初に突進してきた一体目が、暫く進んだところで漸く方向転換をし、デッガー目掛けて再び走ってきた。デッガーはそれを二体目にしたように簡単に受け止め、動きを止める。そして今度は離れずにその露になった喉下に切りかかった。
傷を受けたホララブは狂ったように暴れ角を振り回すが、デッガーはその場から離れたため角は虚しく宙を切るだけであった。程なくして、一体目は地に斃れ伏した。
二体目と三体目のほうに振り返ると、どうやら角は抜けたようで、暴れるのをやめていた。しかし二体目の方はもう体が凄惨な状態になっており、今にも倒れそうなほどである。しかし二体とも酷く憤っており、特に瀕死の二体目の方は、いてもたってもいられないとばかりにデッガーに襲い掛かってきた。
角を振り回しながらの突進は、それを受け止めるのは至難の業である。幸いなのは、姿勢が崩れるため速度が落ちることであるが、誤差の程度である。
迂闊に攻撃したエルトネが、この豹変した攻撃に対応できず命を落とした例はこの王都だけで大量にあり、未だになくなってはいない。
なのでドライグでは、ホララブを見つけたらまず罠を仕掛け、そこに誘導して一体ずつ確実にしとめる方法を強く推奨している。
しかしデッガーはその方法をとらなかった。なぜならば罠を仕掛けるにはコストが掛かるからである。ホララブを丸ごと売れば、罠代など余裕で返ってくるのだが、儲けが減るのは無駄遣いだと、デッガーは身一つでホララブの討伐に臨むのである。
勿論何の策も無しに挑むのではなく、長い間ドライグの訓練場で鍛えてから挑んだ。ランダムな素早い角の振り回しに対応すべく、手近な槍や短剣等の使い手を捕まえては、朝から晩までそれを受ける訓練をした。
そして長い訓練の日々によって鍛えられたデッガーの目は、目前に迫る角を見事に受けきった。
ガキィンッ、と音を立ててぶつかった直後、デッガーは大剣をそのまま振り切り、ホララブの巨体を吹き飛ばした。吹き飛ばされた二体目は流石に立っていることができず、地面に横倒しになった。
そして直後に来た三体目も、鮮やかな動きで角を捕らえ、動きを止めさせた。三体目は一体目と同様、大剣で喉を切り裂いた。
そして地面に倒れている二体目の側に立つと、構えた大剣はその首目掛けて勢いよく振り下ろされる。
ダンッ、という重い音と共に、ホララブの首は一刀両断にされた。
こうして、三対のホララブはデッガー一人によってものの見事に切り伏せられたのである。




