123.面影
太陽が丁度真上に昇った頃、デッガーとリエティールは互いの手を止めた。かれこれ数時間の訓練によって、二人は疲れているはずだが、その顔は満足げであった。
「最初に比べれば随分良くなった。 とりあえず、これだけ防げれば早々死ぬことはないだろ」
デッガーがそういうと、リエティールは晴れやかな顔で頷いた。
二人はただ、デッガーが攻めるのをリエティールが只管防ぎ続ける、という訓練を続けていた。デッガーはできるなら反撃してもいいとリエティールに言っていたが、流石に彼の猛攻にはリエティールはまだ反撃できるほどではなかった。
しかし最初は防ぐので精一杯だった彼女も、後になるにつれ防御と同時に大きく間合いを取ったり、上手い具合に受け流して体勢を崩そうとする、といった行動も少しだけできるようになっていた。反撃こそできなかったが、一瞬だけ隙のある体勢を取らせるようなこともあった。
手加減していたとは言え、隙を見させられるとは思っていなかったため、デッガーもリエティールの学習速度の速さには内心驚いていた。それと同時に、満足感のようなものも覚えていた。
「お前のことはただの子どもだと思っていたが、中々どうして面白い奴だ。 気に入った。
ところで、お前カードの穴はいくつだ?」
「1つです」
リエティールが答えると、デッガーはやはりといった表情でありながら、同時に驚いたような、苦笑を浮かべた。
「やっぱ、本当に駆け出しだったのか……末恐ろしい奴だな」
はは、と乾いたような笑いを漏らし、デッガーはリエティールを昼食に誘う。気に入ったから奢ってやる、と彼は言い、ドライグの食堂に向かっていく。さっさと歩いていってしまうので、リエティールはその言葉に半ば強制的に従って後をついていった。
その道中、その存在に気がついた進行方向のエルトネ達はやはりさっと避けていくのだが、その対象にリエティールも若干含まれていたのは、彼女自身気がつくことは無かった。
食堂について席を確保し、適当な食べ物を注文する。料理が届くまで手持ち無沙汰になったため、リエティールはデッガーに話しかけた。
「デッガーさんは、ランクはいくつなんですか?」
「ん? ……ああ、7だ」
それを聞いてリエティールは高いと思うと同時に、ソレアと一つだけしか違わないという点については意外に思った。
それが顔に出ていたのか、
「なんだ、意外か?」
とデッガーが言う。リエティールは小さく頷いて答える。
「クシルブにいた時、お世話になったエルトネの人がランク6で、その人もとても強かったですが、正直に言うとデッガーさんの方がずっと強いように思ったので……」
ソレアも大剣を自在に操り、豊富な経験を活かして危なげなく戦っていたが、デッガーは更に上を行く重量の剣を片手で軽々と扱い、素早さも高く巧みな剣捌きは、ソレアよりずっと強さを感じさせた。身長は同じくらいだが、体格で言えばデッガーの方ががっしりとしている。
リエティールの答えを聞いて、デッガーは「ああ」と納得したように呟き、それからこう説明し始めた。
「あのなあ、先に言っとくが、穴の数っつうのは単に強さを表しているモンじゃねえ。 今までどれくらいの依頼をこなし、どれくらいの強さの魔操種を倒したことがあるか、とかが加味されて判断されてんだ。
つまり、強さと言うよりは実績とか信頼度とかを表してんだ。 言っちまうと5つくらいまでだったら数をこなせばすんなりいけちまう。 6つ以降は条件が厳しくなって極端に上がりづらいんだよ。
だから1違いっつっても、差はかなりでけぇからな。 そういうことだ。
後、ランクって呼び方はエルトネが勝手につけたもんだ。 今となってはドライグ側も把握してっから、分かりやすくするために使ったりするみてぇだが……。
まあ、穴の数が多いのは経験が豊富って意味でもあるから、強さを表しているっつっても間違いじゃねぇが、俺は正しいとは思わねぇな」
それを聞いて、彼が頑なにランクという言葉を使わず、先ほどの反応が若干鈍かったことの理由が分かり、リエティールは納得した。
そんな話をしていると、頼んでいた料理が届いた。デッガーの前には鉄板の上で音を立てる熱々のケイツが置かれた。肉は魔操種のものらしいが、家畜の無垢種に負けないくらいいい肉質をしている種類のようで、人気が高いらしい。
リエティールの前にはヒドゥナスが置かれる。ヒドゥナスと言っても、今まで彼女が目にしてきた、白い三角形に切られたパンでできたものとは違い、これは楕円形のよく焼けたパンの真ん中に切れ目をいれ、そこに具材が挟まれているタイプである。新鮮な野菜にゴーフと呼ばれる無垢種の肉の燻製と、これまで食べてきたものの中でもかなりの豪華さを誇っているのは、流石王都といったところであろうか。
リエティールが頬張っていると、ふとデッガーが彼女のことをじっと見ていることに気がついた。リエティールがどうしたのかと思い首を傾げると、彼はポツリと言葉をこぼした。
「似てるんだ」
「え?」
その言葉に、リエティールは更に不思議そうな顔になる。デッガーは続けた。
「妹に。 見た目は違うが、歳も、笑い方も、素直なところも……たまに真剣になるところも」
彼の目は遠くを見つめているようであった。恐らくその目には、リエティールに重なって愛しい妹の姿が映っているのだろう。リエティールはデッガーの顔を黙って見返した。
「あいつにも、こうして旨いもんを食わしてやりたかった……」
それだけ言うと、彼はふっと顔を逸らした。そして横を向いたまま暫く、手で頭を掻くようにして顔を隠していた。




