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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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122.厳しく真っ直ぐ

 デッガーは訓練場の一角のスペースを確保する。確保するとは言ったが、実際には彼を見た他のエルトネ達が恐れるようにして離れていき、自然と空間ができたと言ったほうが正しい。先ほどの彼の行いを見ればその行動も頷ける。

 そんなことは意に介さず、彼は訓練の準備をする。軽く身をほぐすと、彼は背負っていた巨大な剣を引き抜き、そのまま地面に突き刺すようにして立てた。ソレアが持っていたよりも遥かに大きく、見た目からして重いその剣は、突き刺さると同時にズドンと音を立て、砂埃が舞った。そしてデッガーはそんな得物を片手で扱っていた。

 それを見たリエティールは思わず冷や汗を流し、表情を固めた。デッガーが自分に害を成すつもりが無いことは分かってはいるのだが、その迫力はヤーニッグに追い詰められた時を超えるかもしれないと思わせるほどのものであった。


「はぁ、流石に俺もひよっ子相手にこれを使うほどバカじゃねぇよ」


 怯えた様子のリエティールを見て、デッガーは呆れたようにそう言う。それに対してリエティールはぎこちない動きでこくこくと頷く。そんな彼女の様子を見て、デッガーはもう一度ため息をつく。


「これぐらいで怯えているようじゃ到底強くなんかなれねぇぞ? やめるか?」


 そう問われ、リエティールは慌てて首を横に振る。折角強い相手に鍛えてもらえるというのに、その機会をみすみす逃すわけにはいかない。

 やる気はあるのだということが伝わったようで、デッガーはリエティールに「待ってろ」と言って、ドライグで貸し出されている刃を潰した大剣を持ってきた。突き刺さっている彼の剣と比べると、大剣のはずがただの片手剣に見えてしまう。

 本来であれば両手で使うはずの大剣を片手で持ち肩に担ぎながら、彼はリエティールに向けてこう言った。


「俺はこれを使うが、お前はお前の武器を使って構わん。 手加減はするが、怪我はしねぇように気をつけろよ」


 ひよっ子相手に、万が一にも攻撃を当てられることはないと相当の自信を見せ、デッガーは大剣を構える。リエティールもそれに応えて自分の槍を手に取り構える。


「行くぞ」


 短くそう言い、デッガーは一気に踏み込んでくる。想像以上の速さに驚くも、間一髪で槍を横に持ち、振り下ろされた大剣を受け止める。しかし、


「あぐぅっ……」


ガキィンッ、と言う甲高い音と同時に伝わってきたあまりの衝撃に、全身の骨が震えるような痛みを感じ、リエティールは槍を取り落としてしまった。

 落ちた槍をすぐに拾わなければと頭では思うものの、びりびりと痺れた体が上手く動かせない。崩れるように膝を着いたまま、動けるようになるまで彼女は痛みに耐えることしかできなかった。

 暫くしてやっと立てるようになり、槍を取り戻したリエティールに、デッガーは厳しくこういった。


「躱せない攻撃を防ぐのは正しい判断だ。 だが防ぎ方が全く以てなってないな。

 いいか、衝撃は殺せ。 攻撃を受けると同時にその方向に身を引け。 さもなければ受け流せ。 真正面から受け止め続けていれば、お前はすぐ死ぬぞ」


 これが訓練だったからいいものの、本当の戦いであれば槍を取り落とした時点で致命傷を負わされ、そのまま死んでいただろう。そして、もしも彼が訓練用の大剣ではなく、彼の愛剣を振るっていたならば、リエティールの槍は恐らく、弾くまでも無く真っ二つに折れていただろう。

 デッガーの攻撃は真正面からの、何の小細工もない力技であったが、その力の強さこそが彼の強さであった。

 彼はリエティールに対して、力に対抗するためには技を磨けと言っているのである。

 リエティールは俯きながらそれを聞いていたが、やがて顔を上げて力強く頷き、槍を構えた。それを見たデッガーは、険しい顔を少しだけ緩め、僅かに口角を上げた。


「次、受けてみろ」


 彼は再び間合いをとった後、同じように踏み込んで大剣を上段から振り下ろす。リエティールはそれを受け止めた瞬間、腕を僅かに曲げながら身を低くした。

 結果、先程よりはマシにはなったものの、衝撃を殺しきることはできずに膝を着いてしまった。

 先ほどのように回復するまで休み、リエティールは彼に言われる前に槍を持って構える。その様子を見たデッガーの顔はより緩まり、面白そうだというようにこう言った。


「何か分かったか?」


 その問いにリエティールは一つ頷く。


「やってみないと、わからないですけど……」


「そうだ、何事も実戦だ。 行くぞ」


 リエティールの返事を聞いてすぐ、デッガーは同じ攻撃を繰り出す。リエティールは先程よりも低く、やや前方の位置に槍を構えてそれを受ける。受けた瞬間、今度は下ではなく後ろに飛び退くようにして下がり、衝撃を殺しきる。下がって距離が離れたことで、鬩ぎ合っていた刃も槍を滑るようにして離れた。

 その行動に、デッガーは満足そうな笑顔を浮かべた。リエティールはそれを見て、一先ずほっと胸をなでおろした。


「衝撃を殺す方向の判断に自分で気づいたのは中々やるな」


 上から下に向けてでは腕を引ける距離が短く、対抗できるほどの筋力があればまだしも、リエティールは力で大きく劣るために受け切れなかったが、背後にスペースがあったため、リエティールは後ろに逃げれば受けきれると考え、それを見事実行して見せた。


「だが、まだ序の口だ。 激しくするぞ、受けれるモンなら受けてみろ」


 そう言い、デッガーは再び間合いを取り直すと、踏み込みながら今度は右から大剣を薙いだ。てっきり正面から来ると思っていたリエティールは判断が遅れ、ギリギリ直撃は免れたものの大きく姿勢を崩してしまう。そのまま、デッガーは振り切った大剣を返すようにして、左から切り上げる。

 リエティールが防げない、と思い恐怖で思わず目を瞑ったところで、デッガーはピタリと刃を止めた。

 彼女が恐る恐る目を開いて顔を見上げると、そこにはまた厳しい表情をしたデッガーがいた。


「毎度毎度同じ攻撃をしてくると思うな。 経験則も役には立つこともあるが、相手をよく見て判断しろ。

 それから、目を閉じるんじゃねぇ。 死ぬぞ」


 容赦のない言葉がリエティールに突き刺さるが、それが彼の優しさからきていることは理解していた。リエティールはぐっと手に力を入れると、力強い目でデッガーを見返し、


「もう一度、お願いします!」


と頼んだ。デッガーは頷いて、


「当然、ここでやめる程度だったら、俺はお前の相手なんかしねぇでとっとと依頼をしにいく」


と、鼻で軽く笑ってからそう言った。

 そして二人は再び激しくぶつかり合った。



「なあ、あれ……」

「あのデッガーに訓練つけてもらって、へこたれないとか、何者だあの子ども……」

「俺だったら絶対無理! 怖ぇもん……」


 傍で見ていたエルトネ達が、デッガーとやりあう子どもという光景にざわめいていたことに、二人が気がつくことは無かった。

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