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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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121.強くなりたい

 その時から彼はずっと教会に通い、清掃の仕事を終えると、こうして最後にバロッサの墓碑に祈りを捧げ続けた。


「俺はよ、もう誰もあんな目には会わせねぇって決めたんだ」


 デッガーは墓碑の方へ目を向けながら静かにそう言った。その目は墓碑自体ではなく、その向こうにある何かを見つめているように見えた。


「どこまでも強くなって、守り、ならず者共を打っ潰す」


 ギュッと拳を硬く握り締める彼の顔には、並々ならぬ決意が漲っていた。再び吹いた風は優しく、彼の頬を撫でるように通り過ぎていった。

 それから彼は居心地が悪そうに顔をしかめ、目線をどこかに逸らせると一つ舌打ちし、


「ガラにもねぇな。 忘れとけ」


と言った。しかしリエティールから何の反応が無いので、もどかしくなり苛立ちを含んだ顔で振り返り、そこで彼はぎょっと目を見開いた。

 そこにいたリエティールは目を悲しげに潤ませながら、それでいて何かを決心したような真剣な顔でデッガーのことを見ていた。それが彼にとっては予想外な様子だったので驚いたのである。それから彼女は口を開いてこう言った。


「私も、強くなりたい、です」


 リエティールはデッガーの過去の話を聞いて酷く共感し心を打たれていた。家族を失い幸せから突き落とされ、失意の中彷徨った果てに漸く希望を見つけた彼の身の上に、差異はあれど自分の姿を重ねていた。そして立ち上がった彼の素晴らしい姿に心揺さぶられたリエティールは、思わずそう口にしたのであった。

 暫く唖然としていたデッガーだったが、リエティールの様子にそれが真剣な言葉であるとわかると、呆れたように一つため息を吐くが、その顔にはどこか嬉しさを滲ませ、


「そこまで言うならドライグに来い。 裏手の訓練場で相手をしてやってもいい」


と言い、スタスタと歩き出して慰霊園を出ていった。

 彼の答えにリエティールはパッと顔を輝かせると、後を追おうとして足を止め、バロッサの墓碑に向かってお祈りをした。

 それから教会に戻り司祭に挨拶をして外へ出たが、既にデッガーは去った後で、見回しても姿を見ることはできなかった。だが、きっと彼も教会での依頼を終えたことを報告するためにドライグに向かっているだろうと思い、そのまままっすぐドライグに向かうことにした。


 クシルブよりずっと立派で綺麗なドライグの建物に着くと、リエティールは早速中を覗いた。内部は広々としており、それに伴ってエルトネの数も段違いに多かった。カウンターの広さも比べ物にならない程であったが、位置関係や造りなどは同じのようであった。そして依頼達成報告の列にデッガーの後姿を見つけたリエティールは、ドライグの裏手に行って彼が来るのを待つことにした。


 訓練場もまた開放感があり、人は多いがそこまで混み合った印象は受けない。一つ一つのスペースが広く、訓練用の道具も数多く並んでいる。ざっと見回しただけでも、恐らくドライグの建物の面積よりもずっと広いだろうと分かる。

 中にはクシルブでは見なかった訓練道具もあり、そのもの珍しさにリエティールはキョロキョロと見回しながら歩き始めた。

 その最中、人の影になっていた場所から不意に人が早足で現れ、気の抜けていたリエティールは反応が遅れ腕をぶつけてしまった。


「あ、ご、ごめんなさい」


 リエティールは咄嗟に謝る。しかし相手はその顔に怒りを露にした状態で睨みつけてきた。


「あぁ? なあおい、お前のせいで俺様の服に汚れがついちまっただろうが。 どうしてくれんだ?」

「あーあー買ったばかりの服なのによぉ、台無しじゃねぇか」

「子どもだからって許されると思ってんのかぁ?」


 相手は男の三人組で、いかにも素行が悪いと言った見た目をしている。彼が指差すところには確かに汚れがついているが、明らかに転んでついたような土の汚れである。リエティールのコートには汚れは無く、ぶつかっただけでそのような汚れがつくとは思えない。それが彼らのいちゃもんであることは明白であった。リエティールが子どもであるのを見ていいカモだと思い寄ってきたのだろう。

 しかし捲くし立てるように詰め寄ってくる男達に、リエティールは何と言えばいいのかわからず言葉を詰まらせる。下手に何かを言えば相手は更に調子に乗るだろう。かといって黙っていればそれもまた相手を勢いづかせる。


「いつまで黙ってるつもりだ? おい」


 何も反応しないことに徐々に態度が大きくなり、


「わかってんだろ? さっさと……」


 一人がリエティールに向かってつかみかかろうと手を伸ばす。リエティールは咄嗟に身構えるが、その手はリエティールに到達する前に空中で静止する。


「金を……あ?」


 一体何故腕が前に出ないのか妙に思った男が後ろを振り返ると、そこには憤怒の形相をした大男、デッガーが、男の肩を掴んでいた。男達がその存在を認識すると同時に、手に一層の力が込められ、男の肩がミシミシと嫌な音を立てる。


「ギャアァアァァッ!?」

「な、なんでデッガーの奴がここに……っ!?」


 男達がより大騒ぎをしだす前に、デッガーは肩を掴んだ男をそのまま片手で軽々持ち上げ、払いのけるように横薙ぎに振るい、他の二人とまとめて投げ飛ばした。飛ばされた三人組は離れた地面に激突し、気を失ってそのまま倒れ込んでいた。


「ケッ。 俺が最近訓練場ここに来ないから、また調子に乗った奴が出てきたか」


 腕を組み、ゴミを見るような視線で男達の山を睨みつけ、デッガーはそう言った。それからリエティールに向き直り、


「いいか、ああいう奴らは何を言ったところで口だけは回る。 こうやって黙らせるのが一番だ。 それができるくらいには強くなれ」


と言う。リエティールはポカンとしながらも、とりあえず素直に頷いた。内心では冷静に「流石にそれは無理……」と呟いていたが、口に出さないように飲み込んだ。

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