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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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117.切なる祈り

「この国の人々は殆どがこの伝説を信じ、教えを敬って生きております。 中にはやはり恐ればかりを抱いている人も少なくはないのですが、力ある存在を恐れるのは仕方の無いことであると、そこは許容しております。

 特にこの王都では根強い支持を得ておりまして、今では海の向こうの国々にも広がりつつあります」


 そう言い、リヴェイラは嬉しそうに微笑む。しかしその直後に「ですが」と続けて、


「最近はドロクの町でなにやら良からぬ事が起きたと聞いております。 氷竜に仇を成した物がいるのではないかと思うと、とても気がかりで……どうか無事にドロクの町が元に戻るようにと、今は祈ることしかできません」


と悲しげに顔に影を落とした。それを聞いたリエティールは、何を言うこともできず、ただ同じように悲しい顔をするばかりであった。

 リヴェイラはリエティールも悲しんでいることに気がつくと、自分が落ち込んだ顔をしたせいだと思い、慌てて表情を取り繕った。


「申し訳ありません、司教として導く立場である私がこのような暗い顔をしてはよくありませんね。

 この教会の裏手には、亡くなった方々の安らかな眠りを願う慰霊園があります。 もしよろしければ、どうか祈りを捧げていってください。」


 そう言って彼女は裏手へと続く扉を示した。リエティールが頷くと、リヴェイラは続けて祈り方を教えた。


「中央にある石像の前で、その石像と同じ姿勢をしながら、『イ ヤープエレウ タウト エウトロスヤム オートンルター エウトタエルグノガー』と心の内で唱えてください。 これは古い言葉で全ての魂が解放され癒されますように、という意味を持ち、正式な祈りの短縮形です。

 ……難しかったでしょうか」


 長い祈りの言葉にリエティールが目を回し気味なことに気がついたリヴェイラは、ゆっくりと繰り返し覚えられるように教えた。

 結局、リエティールは短縮形の更に短縮形である「オートカエプ エウトロス」というものを教えてもらった。

 ちなみに正式な祈りは、先ほどの文章に加えて「ドナ オートニアガンルター エウトノガーエグフェル」と言うらしく、それを聞いたリエティールは、祈りの言葉と言うよりも混乱の呪文の方が正しいのではないかと思った。


 何はともあれ祈りのやり方を理解したリエティールは裏手へ続く扉を潜る。そこは庭園のように綺麗に手入れされた植物が植えられており、石でできた道が奥へと続いていた。

 リエティールがその道を進んでいくと、そこには白い石碑がずらりと並んでおり、一つ一つに名前が書かれているのが分かった。どうやらこれは墓碑のようである。

 その墓碑の並ぶ場所の中央に、大きなトラットスの石像が立っている。背筋を伸ばし、胸の前で手を器のような形を作り、目を閉じて祈っている。リエティールには詳しいことは分からなかったが、その姿勢がこの宗教における祈りの正式な形のようであった。

 その真っ白な石像の下に、一人の人物が同じ姿勢をして祈っている後姿を見つけた。気になってリエティールがまっすぐそちらへ向かうと、近付くにつれそれが見覚えのある人物であることに気がつく。

 近くまで来て、その人物が祈りの姿勢を解いたタイミングで、リエティールは声をかけた。


「デッガーさん」


 そう呼ばれた人物は、酷く驚いた様子で振り向いて、ぎょっとした顔でリエティールを見た。


「なっ……んで、お前がここに……」


 ここで会うとは微塵も思っていなかったというように、驚愕に目を白黒させてそう言い、続けて焦ったように目を宙へ泳がせていた。


「司教さんに言われて、お祈りをしに来ました」


「……そうか」


 彼はそう素っ気無く答えるが、この場を去ろうとはしない。リエティールが不思議に思って見つめていると、痺れを切らしたように、


「何見てんだ。 さっさと祈って帰ればいいだろ」


と乱暴に言い放つ。それに対してリエティールは首を傾げて、


「デッガーさんは、帰らないのですか?」


と尋ねる。その純粋な疑問に、デッガーは返す言葉が無く息を詰まらせ、少しばかり間を空けた後、


「……俺は、もう少しここを見て回りたいだけだ」


と答えた。その答えになるほどとリエティールは納得すると、こう返した。


「私も、ここのお花をもっとよく見たいです。 祈りが終わったら一緒に見て回ってもいいですか?」

「っ~~!!!」


 リエティールのあまりにも純粋な言葉に、デッガーはなにやら憤りと困惑を混ぜ合わせたような表情で、顔を赤くしながら、


「好きにしろっ!」


と吐き捨てるように言って後ろに早足で歩いていった。それを見たリエティールは、また怒らせてしまったと思い、少し落ち込みながらも、姿勢を正して慎重に祈りの言葉を胸の内で唱えた。

 間違えずに言えたという満足感と共に、リエティールは目を開いて振り返る。するとそこには、ある一つの墓碑に向かって祈りを捧げているデッガーの姿があった。

 暫しの後に彼は目を開き、リエティールが自分のことを見ていたことに気がつくと、バツが悪そうな顔をして、


「お前、祈り終わるの早くねぇか……?」


と言った。それに対してリエティールが、「一番短いのを教えてもらいました」と答えると、彼は心底疲れたというような顔をして大きなため息をついた。

 リエティールはデッガーの元に近付いて、彼が祈っていた墓碑をそっと覗きこむ。墓碑の前には彼が供えたのであろう、可愛らしい桃色の四枚の花びらを持った花が籠に入っていた。そして墓碑には「バロッサ」という女性の名前が刻まれていた。

 リエティールは供えられた花をじっくりと眺めるが、本で見たものと照らし合わせてもその花と同じ花の見覚えが無かった。


「これ、なんていう花ですか?」


 リエティールが尋ねると、デッガーは墓碑をぼんやりとした視線で眺めながら答えた。


「……知らねぇ、こいつが生きてた時路地裏で見つけた、こいつが好きだった花だ」


 どこからとも無く吹いてきた風が、優しく籠の中の花を揺らした。静かな空間に、草木のざわめく音だけが響く。


「……この人は、誰ですか?」


 石碑をじっと見つめたまま、デッガーは静かにこう答えた。


「俺の、たった一人の家族だ」

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