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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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115.木々の公園

 部屋に戻った後、リエティールは明かりの点ったランプを頼りに、ベッドの上で横になりながら本を読んでいた。外はすっかり夜の闇に包まれ、その朧げな光だけが手元を照らしていた。それがまるでスラムで過ごしていた寒くも暖かい生活を思い出させ、自然と気持ちが和らいでいた。

 それに加えて、先ほど飲んだアコクで体が温まったのもあるのだろう。時間と共に瞼が重くなり、リエティールは眠れそうだと思うと、本を閉じて明かりを消し、自然に任せて眠り始めた。


 翌朝、リエティールは気持ちよく目を覚ました。やはり睡眠時間は普通より短くなり、遅く眠ったにも拘らずしっかりと朝に目が覚めた。それでも、リラックスしていたためか晴れやかな気分であった。

 リエティールが部屋を出ると、カウンターにはデッガーとナーツェンがいた。デッガーはどうやら少し前に目が覚めたようで、エフォックにトーストという朝食を食べていた。彼はリエティールを見ても無愛想に視線を戻したが、ナーツェンはにこにことしながら「おはようさん」と言い、リエティールが何も言っていないのにも関わらず、手早く朝食を用意していた。メニューは温めたクリムに割ったままの形でグーゲを焼いたデルファイ、それに添えられた少量の野菜とデザートにはトルゴイまで並んでいた。

 リエティールは席につきつつ、これは一体幾らなのかと視線でナーツェンに問いかけた。それを受けた彼は「ふむぅ」と呟くと、指を一本立てた。これを見たリエティールは、そっと銀貨一枚を差し出した。すると彼はすぐさま首を振りつつそれを押し戻すと、


「銅貨じゃ」


と小さく囁くように言った。リエティールが素直に出しなおすと、彼は満足そうに頷いてそれを受け取った。

 それから黙々と朝食を取っていたのだが、静かでいると隣にいるデッガーの存在が強く感じられ、リエティールは何か声をかけるべきなのではないかと思った。

 彼が丁度全てを食べ終えて席を立とうとした時、リエティールは思い切って声を掛けてみた。


「あ、あの、これからどこに行くのですか?」


 するとデッガーは、その鋭い目をリエティールに向けて暫し沈黙を続けた後、ふいと目を逸らし、


「……別に、お前に教える必要は無いだろう」


とだけ言って店を出て行ってしまった。リエティールは彼の言葉から、嫌われてしまったのかと思い意気消沈して俯くと、そんな彼女にナーツェンが笑いながら話しかけた。


「ひょひょ、タイミングが悪かったのう」


「タイミング?」


 どういうことかとリエティールが顔を上げて尋ねると、彼は一つ頷いて続けた。


「奴は定期的にある場所の依頼を受けていてのぅ。 今日は丁度その日じゃった。 恐らくあいつは自分から積極的に詳しいことは話したがらないじゃろうと思ってな。

 じゃが、もしお前さんが今日、奴の行き先を知ることができたとすれば、昨日知りたがっていたことの答えが分かるかも知れんのぅ」


 昨日知りたがっていたことと言えば、デッガーの過去のことである。恐らく彼は昔何かがあって、今日彼が向かう場所にはその何かと深い関わりがあるということなのだろう。

 しかし幾らリエティールが考えたところで、それが一体何でどこなのか、ヒントの一つもないので見当もつかないので、深く考えるのは止めておくことにした。それに、他人の過去を探るのは良くないと思ったのも一つである。

 結局それ以上の会話はなく、リエティールは食事の礼を言うと、遅れて店を後にした。


 今日は王都の中を歩き回って観光することにしていた。本当であればドライグに行って依頼を探したいところではあるが、昨日の話を聞いた時点で、駆け出しの自分には受けられる依頼は恐らくないだろうと考えていたので、行くにしても後で良いだろうと考えていた。


 町中はどこも華やかで、白い石で統一された建物の並びは朝日を受けて輝くようであった。行き交う人々が纏っている服も、貴族の様とまでは行かないが気品がある。その中に見かけるエルトネも、素人目には分からないが、どこか自信に溢れているように見えた。


 大通りをまっすぐ進んでいくと、その途中に公園があった。中には手入れされた芝生が広がり、木々が並ぶその様子は、ドロクにいれば永遠に見ることのなかったであろう自然の緑溢れる景色であった。

 リエティールは惹かれるように公園へと足を踏み入れる。芝生には入っても良いようで、リエティールは恐る恐るといった足取りで、そうっと芝生の上に一歩踏み出す。柔らかい感触とくしゃりという草の音に、彼女は感動を覚えた。しかしあまり踏んでいるのも申し訳ない気がしてきたためか、すぐにそそくさとそこから足をどけ、舗装された道に戻った。

 公園の中心には大きな噴水があり、人々の憩いの場となっていた。背の高い噴水が光でキラキラと煌く様子にもまたリエティールは心を奪われた。ここまで大きな動く芸術は彼女にとって初めてのものであった。


 広場の端に目を向けると、そこには一体の石像があった。一体何者なのだろうと気になったリエティールは近付いて、その石像の横にある石碑に目をやる。そこには簡潔に、


【建国王 トラットス・エンガー】


とだけ書かれていた。立派な衣装に身を包んだ男性は、その手に剣のような武器ではなく、エルパという果実を手にしていた。その果実はかつてリエティールが氷竜の元で暮らしていた頃、よく食べていたものであるので知っていた。

 一体何故果実を持っているのだろうと疑問に思いつつも、考えても分からないため、その石像から目を離して、再び周囲の景色をぐるりと見回した。

 その時、木々の向こうに一際背の高い、綺麗な色をした屋根の建物を見つけて、それに強く目を奪われた。

 一体何の建物なのか気になったリエティールは、公園を後にしてその建物へと向かって歩き出した。

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