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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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112.おかしな酒場

 男は狭い路地に入ってグングンと進み、リエティールは見失わないようにそれを精一杯に追いかけた。夕暮れも近付き辺りが薄暗くなっているが、彼が進む道には火の灯されたランプが等間隔に並んでおり、辺りを静かに照らしていた。

 暫くすると道の正面に木でできた粗雑な扉のついた建物が現れた。男は扉を乱暴に開けて、そのまま閉じることなく中へと入っていった。リエティールはそれに続いて恐る恐る中に入ると扉を閉める。


 中は薄暗く、幾つかのランプが照らすだけの簡素な内装で、狭い空間には木のカウンターが設けられており、なんとも言えない匂いが漂っている。清廉な町並みからは想像できない、アンダーグラウンドな雰囲気を醸しだしている。

 男はカウンターの椅子にどっかりと座ると、乱暴な声で奥にいるのであろう人物に言い放った。


「おいじじい、酒持って来い。 いつものやつ」


 すると奥から「ほいほい」という軽い声と共に、それなりに歳を取っているのだろう外見の男性がグラスを片手にひょっこりと現れ、慣れた様子で酒を取り出すとそれをグラスに注ぎ、それを残りの入った瓶と一緒に男の前に置いた。

 男は酒を流し込むように呷ると、ダンと音を立ててグラスを置き、


「今回のは安くしてくれるんだろ?」


と言う。それを聞いた年寄りの男性は「はて?」という間の抜けた声を出す。その態度に男は若干の苛立ちを顔に浮かべつつ、入り口で立ち尽くしていたリエティールを指差した。老人はその指の先を見て、初めて彼女の存在に気づくと、驚いたように「ほほう!」と声を出した。そして、


「ふむ、怯えているようじゃが……デッガー、無理矢理連れてきたって事は無いじゃろうな?」


と男に問いかける。デッガーと呼ばれた彼は指先でカウンターを叩きながら、


「ンなわけねえだろ! 駆け出しのクセに王都に来て宿に困ってるっつうから連れてきてやっただけだ」


そう怒鳴るように言った。老人は「冗談じゃ」と悪びれた様子もなく笑うと、リエティールの方に向き直る。


「よくきた、小さいの。 ワシはこの店の店主のナーツェンじゃ。 見ての通りの場所じゃが、お前さんみたいな困った若造には寝る所を提供しておる」


 彼はそういうと手招きし、カウンターに寄ってくる様に促した。リエティールがカウンターまで来て背の高い椅子に苦戦していると、デッガーが無言で彼女を軽々と持ち上げ座らせた。リエティールが「ありがとうございます」と小さく頭を下げて遠慮がちにそういうと、彼は「ふん」と小さく鼻を鳴らして横目でそれを見た後、すぐに酒を呷った。

 そんなやり取りをおかしそうに見ながら、ナーツェンはリエティールの前に木のコップを置いた。中に注がれていたのは酒ではなく温めたクリムであった。リエティールは少し様子を窺うようにチラチラと目を動かし、それからそれを一口含んで一息つく。


「落ち着いたかの?」


 ナーツェンにそう問いかけられ、リエティールは控えめに頷く。すると彼は「ひょひょ」とおかしな声で笑った。


「そう萎縮してくれるな。 誰だってこんな所にいきなり連れてこられたら警戒するものよ」


 彼はリエティールがクリムを飲む前に躊躇していたのを見逃さず、それを申し訳ないと彼女が思っていることもお見通しのようで、あっけらかんとそう言った。

 それから彼は一度デッガーに目をやると、リエティールに視線を戻してこう言った。


「怖かったじゃろ? こいつは顔も怖けりゃ愛想も無い上に、短気な乱暴者じゃが、お前のような弱い者には優しいのじゃ」

「喧嘩売ってンのか? ああ?」


 聞き捨てなら無いというようにデッガーがグラスを叩きつけるように置いてそういうが、ナーツェンは一ミリも動じることなく奇妙に笑うと、


「ま、少なくともお前さんに乱暴することは無いから安心するといいぞい」


と言い、いい具合に焼けたパンをリエティールの前に置いた後、何事も無かったかのようにカウンターの奥に引っ込んでしまった。それを忌ま忌ましそうにデッガーは見つめて舌打ちをした。


「あ、あの」

「ンだよ」


 恐ろしい剣幕のままデッガーが振り返るが、リエティールは怯えた顔ではなく安心した顔で、


「助けてくれて、ありがとうございます」


と言う。すると彼はバツが悪そうにふいと顔をそっぽに向けて、酒を一口飲むと、


「別に、俺は客を連れてくれば酒を安くするってあいつが言ったから連れてきてやっただけだ」


と覇気の無い声で吐き捨てるように言った。

 暫くしてデッガーは酒をすべて飲み干すと、「金は置いとくからな」とだけ言って外に出て行ってしまった。すると引っ込んでいたナーツェンが再びひょこひょことやってくると、カウンターに置かれた硬貨を見て、面白そうな顔をする。それを不思議そうにリエティールが見ていると、彼はそれに気がついて内緒話をするように口に手を添えて、


「あいつめ、いつも通りの金額を置いていきよった」


と言った。そして彼はリエティールが丁度全てを平らげたのを確認すると、


「部屋はあっちの通路にある。 どこも空いとるから好きな部屋を使うといい」


とだけ言うと、食器の片付けに入る。リエティールは慌ててそれを引きとめて、


「あ、あの、鍵とお金は……」


と尋ねた。すると彼はくるりと振り返って軽快に笑うと、


「食べたもんはサービスじゃから代金は要らん! 部屋の鍵は空いとる、内側からしか掛けられんからの! 宿泊代はあいつの余分な代金から取っとくからそれも要らん!」


と言い放ち、食器を洗い始めてしまった。リエティールは呆然としつつも、どうしようもないので、取り合えず言われた通りに部屋のある方へと向かうことにした。

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