110.思わぬ誘い
綺麗な町並み、広い道、それを埋めるような群集。副王都より一層規模を増したそれに、リエティールは呆気にとられて、エゼールに手を引かれながらも呆然と辺りの景色を見ていた。
道の端に避けて、エゼールはリエティールに声をかけた。
「ここが王都よ。 目的地はここだから、ここでお別れになるけれど、その前に行きたいところとか知りたいことはあるかしら?」
声をかけられたことでリエティールは意識を戻し、それから首をかしげて暫し悩んだ。そして、
「あ、お花屋さんに行きたいです」
と答えた。それに対してエゼールは、
「そうね、そういえばそんなお話をしたわね! 大通りを歩けば、お花屋さんも色々あるから、一緒に歩いて見てみましょうか」
と、納得したという顔で手を合わせ、それからリエティールの手を再び繋ぎ直して、大通りを歩き始めた。
一口に大通りと言っても、クシルブのものよりもずっと広く、人も多い。道の中央は観光用なのか、またはこの町の住人が往来するのに利用しているのか、様々なフコアックが行き交っていた。
行きかう人々の中にはエルトネの姿も見えるが、クシルブでよく見たような装備ではなく、より一層高価そうな防具や武器を身につけているエルトネが多かった。クシルブには駆け出しのエルトネが多く集まるのに対して、王都ではより高みを目指すエルトネが圧倒的な数を占めているようだ。
そんな町の様子に若干気圧されているリエティールとは対照的に、流石何度も来て慣れているというだけあるか、エゼールは軽い足取りで大通りを歩いていく。
「ほら、あそこにお花屋さんがあるわ」
不意にエゼールが少しはなれたところを示してそう声をかける。見ると、そこには彼女の言う通り花屋が店を構えていた。
その言葉にリエティールはその目に輝きを浮かべ、少し足取りを速めた。明らかに足取りが軽くなった様子に、エゼールは小さく笑みを浮かべた。
「うわあ、すごい……」
店先に並ぶ花々を見て、リエティールは感動に目を輝かせた。目の前には今まで見たことの無い本物の花が様々に咲き誇っている。その彩りは鮮やかで、水遣りで濡れた花びらが日を受けて輝く様は、まるで花が光っているようだと彼女は感じた。
「気に入った花はあった?」
花に見とれていると、後ろからエゼールがそう声をかけてきた。彼女のその問いに、リエティールはうーんと悩んだ後、
「全部素敵です」
と笑顔で答えた。その答えに、エゼールも嬉しそうに笑った。
「知っているかしら? 花にはそれぞれ違う意味が込められているのよ」
「意味?」
エゼールの言葉にリエティールが首を傾げると、エゼールはそれについて説明を始めた。
「花言葉、っていってね、人に送ったりするときに、その意味をこめて選んだりするの。
例えば、その黄色いユージュクーフっていう花には『幸せを招く』っていう意味があって、そっちの鮮やかなピンク色のムイナの花は『真の友情』っていう意味があるの」
「へえ……」
説明を受けながら花を眺め、リエティールは花にそんな意味があるのは初めて知り、ただ感心して花を見つめた。そんな彼女の様子を見て、
「私も全部知っているわけじゃないから説明はし切れないけれど、もし興味があるなら図書館で調べてみると良いわ。 この通りをまっすぐ行った先にある広場から、右に二つ目の道を進んでいけば着くはずよ」
とエゼールがアドバイスをする。花言葉に強い興味を持ったリエティールはその提案に大きく頷いて感謝を告げた。
「お花を買いたいところだけれど、今買ってもすぐには持って帰れないから、帰りの時まで我慢しなくちゃね」
リエティールも、旅と言う目的をエゼールに告げている以上、花を買っても飾っておくところが無いため、買うことは出来ない。
一先ず花屋を後にして、二人は広場まで向かい、そこで解散することにした。
「ここまでありがとうございました」
広場の中央にある巨大な花壇の側で向かい合い、リエティールはエゼールに対してそう言ってお辞儀をした。
「こちらこそ、あなたと会えて楽しかったわ」
エゼールもそう言ってにこりと笑い、リエティールに感謝する。
そして彼女はやにわに鞄の中に手を入れて、何かを取り出してリエティールに差し出した。リエティールは突然のことに驚きながらも、それを受け取るように手を出す。エゼールはその手に、持っていたものを優しく置いた。
リエティールが手の上を見ると、そこにあったのは毛糸で丁寧に編まれた花のモチーフであった。三重に編まれた花弁の中心には、深い青色のビーズが輝いている。
「これ……」
驚いてリエティールがエゼールの顔を見ると、彼女は悪戯っぽく笑い答えた。
「フコアックの中で、あなたが本を読んでいる間に編んでいたの。 お友達のしるしに、と思って。 気に入ってもらえたかしら?」
その言葉にリエティールはこくこくと頷き、その花のモチーフを嬉しそうに眺めた。その様子に、エゼールはほっとしたような柔らかな笑みを浮かべた。
それから急に、彼女は何かを思い出したという風に手を合わせ、リエティールにこう言った。
「そうだわ! あのねリーちゃん。 今から三日後、前に話した王様が顔を見せるためにお城で開くパーティがあるの。 それで、普通の人はお庭の限られた所までしか入れないのだけれど、関係者に招待された人はお城の中での立食パーティにも参加できるの。
それで、私、ある人に招待されていてね。 今回の旅行もそれが目的の一つだったの。 本当は一人で行くつもりだったのだけれど、一人までなら招待されていなくても一緒に連れて行くことができるのよ。
もしよかったら、リーちゃんも一緒に行かないかしら?」
思わぬ誘いに、リエティールは目を丸くしてエゼールの顔を見つめた。町の至る所にパーティを報せるような張り紙や飾り付けがされていたので、近々あるのだろうとはなんとなく分かってはいたが、まさかそれが三日後で、しかもお城に入ることが出来るなどとは夢にも思っていなかったのである。
それから少しの間放心状態であったが、すぐに我に返ると、その有り難い申し出には勿論と頷いた。せっかくの貴重な体験ができるチャンスなので、好奇心が先を急ぐ気持ちに勝っていた。
リエティールの返答にエゼールは喜ぶと、
「嬉しいわ! じゃあ、三日後の朝にこの場所に来てね! きっと混むと思うけれど、リーちゃんの見た目は目立つから、すぐ分かると思うわ!
それじゃあ、また会いましょう!」
と言い、手を振りながら広場を去っていった。リエティールも、別れるのは寂しいと思っていたが、また会えることが決まったので、愁いの無い笑顔で手を振って別れ、広場を後にした。




