107.想像もできない話
ただ鞄を買うだけだったはずであるのに、何故か精神的に疲れてしまった二人は、息抜きに特に店に寄るでもなく町の中を観光し、それから立ち寄った小さなカフェで昼食を兼ねて一息つき、それから次の町へ向かうフコアックに乗るために停留所を目指して歩いていた。
「次に目指すのは副王都とも呼ばれるくらい立派な町で、王都と隣接しているの。 そこにつけばもう王都についたといっても過言ではないわ。
でも、クシルブからここまでの距離よりずっと長い道のりだから、まだ二度はフコアックを乗り継ぐことになるわね」
以前王都まで行ったことのあるエゼールが、経験を元に次に乗るフコアックでの道のりをリエティールに説明する。フコアックに乗り、着いた町で休憩し、また乗り継ぐということを、今回を含めて二度繰り返せば副王都と呼ばれる町に到着するのだそうだ。
副王都と言う呼び名の由来が気になり、リエティールはエゼールに詳しい説明を求めた。彼女はフコアックに乗ったらゆっくり話すと約束し、二人は停留所に到着する。時間が丁度良かったらしく、程なくしてフコアックが停留所にやってきて、二人は隣同士に腰掛けた。このフコアックも王都へ向かう便のため、利用者は多いのだが、時間が昼過ぎということで、昨日の朝のように大勢人が並んでいるということもなかった。
フコアックが動き出し、エゼールは約束通り副王都という呼び名について説明をし始めた。
その最も大きな理由は、先程話した通り、その規模にある。王都の半分程と言ってしまえばそれ程大きくないように聞こえるが、何しろ王都がかなりの大きさを誇るため、半分と言えどもクシルブよりはずっと大きい。大陸のほうの一部の小さな国の王都などより遥かに大きいと言われている。
そして次に、王都との距離である。それは歩いても一時間もかからないほどの近距離で、その間の道は常に人が行き交い、最早町が繋がっているような状態であるそうだ。
そんな状態であるが故に、王都と副王都に暮らす人々や、拠点として活動している人々は、最早二つの町を区別していないのだという。
王都は王が直接治めており、副王都は任命された貴族が治めているため、厳密には確かに違う町なのだが、二つまとめて王都だと言ってしまっても過言ではないのだという。それでも分かりやすさのために副王都という呼び名がつけられたらしい。ちなみに、その町の正しい名前はエルバリムダである。しかしその名前は地図ぐらいでしか使われておらず、あまつさえ住んでいる人々ですら忘れてしまう程である。治めている貴族の家名が由来であるのだが、彼らにとっては複雑な心境であろう。
「王都はどれくらい立派なところなんですか?」
「クシルブよりもずっと大きいわ。 比べ物にならないくらい! 街並みも綺麗で、特にお城の庭は定期的に植物が入れ替えられて、行く度に違う景観になっていてとても素敵なの。
エルトネもベテランの人が沢山集まるのよ」
クシルブが比べ物にならない程だといわれると、リエティールにはもう想像もできなかった。それと同時にとても楽しみになり、彼女は道の先を見据えて目を輝かせた。
「王都を訪れるのは初めてじゃないけれど、お城の庭は本当に素晴らしいのよ。 植えられているお花の種類や配置が行く度に変わっていて、その度に記念の写し絵を思わず買ってしまうの。
それに、私は写し絵でしか見たことはないのだけれど、王様もとても素敵な人らしいのよ」
「どんな王様なんですか?」
リエティールはその言葉に興味深そうに首を傾げる。国を治める王が王都に居るということは教わっていたので知っているが、それがどんな人物なのかは知らない。
「若くして王になった方で、幼い頃から先代の王様の後を立派に継いでいる、とてもしっかりした性格の人で、仕事熱心なあまり人前には殆ど姿を現さないらしいの。
でも、その姿の写し絵が広まっているから、どんな姿をしているのかというのは王都にいれば皆わかるの。 深い海のような濃紺の髪に、凛々しい顔つきは先代の王様に似ていて、綺麗な金色の目はそのお妃様によく似ている、とても綺麗な人だったわ。
その容姿と人柄に惹かれた人が結構多くて……私も王都で知り合って仲良くなった友人が王様のことが好きでね、とても熱く語られたの……」
そう言って、エゼールは苦笑した。しかし容姿を語るときの言葉選びがどことなく詩的な表現を含んでいるのを考えると、もしかすると彼女もまた無自覚なファンなのかもしれない。
「少し前までは、あまりに好きすぎて我慢できなくなったファンが、その顔が見たいという理由でお城の敷地内に無断で忍び込む、という事件が起きていたのよ」
「え? それ、大丈夫なんですか?」
想像もしていなかった事を告げられ、リエティールは驚いてそう聞き返す。そこまで来ると最早普通のファンと言うよりは狂信者のようである。
「勿論、王城に忍び込むなんていうのは大変な罪だわ。 でも、そんな理由で忍び込まれるなんて誰も想像していなかったらしくて、判決には結構時間が掛かっていたみたい。
結果として、そうやって何人にも忍び込まれるなんて堪らないって結論になって、定期的に王様が顔を見せに外に出るパーティを開く、という措置を取って収まったの」
あんまり姿を見せないところが神秘的で好きだって人もいたみたいだけど、と最後にエゼールは付け足した。
その話を聞いて、リエティールはそのファン達の逞しさに感心するべきなのか呆れるべきなのか分からず、開いた口がふさがらないと言った様子でいた。




