103.お隣さん
クシルブが見えなくなってからも暫く窓の外を見つめていたリエティールは、漸く正しく椅子に座り直す。
フコアックの中には勿論彼女以外にも人が居り、向かい合うようにして椅子に座っている。リエティールはその人々をぐるりと見渡した。多くは武器を携えており一目でエルトネであると分かるような人で、リエティールと同じように旅をしようとしているか、あるいはクシルブから出てより実力者の多い王都の方面で活躍しようと考えているかのいずれかであろう。
それ以外は至って普通の人といった風であり、出稼ぎか旅行か、里帰りか何か、恐らくその辺りなのだろう。
人々は自分の武器を手入れしていたり、ぼうっと景色を眺めていたり居眠りしていたりと、思い思いに時間を過ごしている。
そしてリエティールが自分の横に座る人物を見上げた時、偶然にもその人とばっちり目が合った。相手は大きめの旅行鞄をもった若い女性であり、深みのある茶色の長髪にシンプルなワンピースと言った、「普通の人」の方の人物であった。
女性は目が合ったことに驚いた様子で一瞬目を見開いたが、次には柔らかく微笑んで「こんにちは」と挨拶をした。リエティールもそれに答えて会釈をする。
「私は旅行で王都へ行くの。 あなたは?」
何気ない風に女性はそう尋ねた。
「私は、旅です。 王都へ行って、それから港町から船に乗る予定です」
リエティールがそう答えると、女性は驚いたような感心したような表情を浮かべ、
「へえ、そうなの! 立派な武器を持っているからもしかして、と思ったけれど、エルトネさんなのね?
まだ私よりずっと若く見えるのに、凄いのね」
と賞賛の言葉を送る。リエティールは女性が心配などではなく素直に凄いと褒めてくれたことが嬉しく思い、小さく照れたように笑みを浮かべた。
「王都へ行ったら、何をするのですか?」
今度はリエティールから女性に尋ねる。女性は小さく唸って考えた素振りを見せると、少ししてから、
「そうねぇ……まず王都と言ったらお城が見たいわ。 普通は中には入れないけれど、是非目に焼き付けておくべきだわ。 それに、アーマックで作られた絵も売られているから、記念に買って帰ろうかしら……。
あ、それから、珍しいお花が売っていたらそれをお土産にするのもいいかもしれないわ。 クシルブだと、あまりいろんな種類のお花は売っていないから、きっと喜んでもらえるはず」
「お花……」
女性の話を聞いてリエティールは同じ言葉を呟いた。
彼女の頭の中には、ドロクで眠る女性の姿が思い浮かんでいた。リエティールは町を去る直前、育ての親である女性が眠る場所へ戻って、そこに氷で花を作ったのだ。
彼女も花を見たことがないと言っていたので、偽物でもせめて手向けに花をあげたいと思っての行動であった。それに、目印があれば再び訪れたとき迷わず女性が眠る場所が分かるという理由もある。
しかし氷の花があるとなれば必然的に目立つので、万が一誰かがやってきて疑問に思い、その下を掘り起こされては困るので、時間を掛けて作ったとにかく頑丈な氷で雪の下を覆っておいた。
ただ心残りは、彼女が不器用故に綺麗な花を作れなかったことである。その仕上がりは自分でも歪だと思うほどであり、彼女はこれほどまでに自分の不器用を呪ったことはなかった。氷竜も氷で花を作るようなことは過去にしていなかったので、その技術を借りることも出来なかったのである。
「お花に興味があるの? 雪国出身だと、本物のお花って憧れるものね」
呟いたままぼうっとしていたリエティールに、女性がそう声をかけた。その声でリエティールの意識は引き戻され、女性と再び向き直り、彼女の問いに頷いて答えた。
「あ、そういえば自己紹介がまだだったわね。 私はエゼールと言うの」
「私はリエティールです。 よろしくおねがいします」
エゼールの自己紹介に、リエティールも同じく名前を名乗って改めて挨拶をする。
「じゃあ、リーちゃんって呼ばせてもらっても良いかしら? 短い間だけれど、よろしくね。 かわいいお隣さん」
彼女はそう言うとふわりと笑った。
そこで一度会話が途切れたので、リエティールはコートの内側から取り出すように見せて本を出し、読もうと思い表紙を開く。するとエゼールが再び驚いたように話しかけてきた。
「まあ、本を持っているの?」
リエティールはその言葉にはいと頷いて答えると、彼女はリエティールのページを捲る手が止まったことに気がついて慌てて、
「あ、ごめんなさい。 読もうとしているのに、邪魔をしちゃったわね。 でも、本を持ち歩いている人は珍しくて、つい……」
と、話しかけてしまったことを謝罪する。リエティールは首を横に振って気にしないでほしいと返し、
「これは、クシルブから旅立つ私に、エルトネの先輩方がくれたものなんです」
そう少し誇らしげに話す。なんとなく、本を珍しいと言われたことで、朝早くからこの本のために頑張ってくれた二人のことが褒められたような気がして嬉しくなったのである。
「素敵な先輩に恵まれたのね、羨ましいわ。
ゆっくり読んでね、なるべく邪魔しないように気をつけるからね」
エゼールはそう言い、もっていた荷物の中から毛糸と編み棒を取り出す。どうやら彼女の暇つぶしのための道具らしい。
リエティールも、改めて本に手をかけ、丁寧にページを捲り読み進め始めた。




