101.旅立ちの朝
その日、リエティールは嬉しさのあまり本を抱いたまま眠った。
そして翌朝目が覚めてそのことに気がついた時には、寝てる間に余計なシワなどがついてしまっていないかと慌てて飛び起きた。幸い、寝相が良かったためにそういった問題はなかったようである。
そうしていそいそとそれを空間の中に仕舞いながら、ふと人前で物を仕舞う方法について、いつまでもコートばかりでは不自然なのではないかと考えた。
今、リエティールは何も知らないイップなどからすると、ナイフや旅に必要な道具の諸々の類に加えて本まで、全てをコートの中にしまっていることになる。前者二つは小物が多く軽いものばかりなので、そこまで不自然ではないが、流石に分厚く重い本までコートの中と言うのはいささか不自然に思われても仕方が無い。
恐らく彼らはそこまで深く考えて探っては来ないだろうと思いつつも、これから様々な人物と出会うことを考えると、道具を入れるためのものを何か一つは身につけておいたほうが良いかもしれないと彼女は思った。
それに、物の出し入れ程度であればそこまで問題がないとは言え、時空魔法は魔力の消費が激しいので、節約するに越したことはないと思ったのもある。よく使いそうな小物の類等は、そういったものの中に仕舞っておいた方が万が一の時に役立つだろう。
次の町に着いたら、何かしら買おうと思いつつ、リエティールは忘れ物がないことを確認し、身だしなみを整えた後部屋を出た。
部屋を出ると、ソレアとイップが彼女が出てくるのを待っていた。どうやら見送りをする為に早くから起きて待っていてくれたようであった。リエティールが二人に挨拶と感謝をすると、二人は笑顔を見せて、それから共に食堂で朝食をとった。その食後に、ソレアが昼食や小腹が空いた時に、とヒドゥナスを一人前よりやや多めに注文し、布を敷いた籠に入れてリエティールに渡した。
三人で南門へ向かい、昨日確認した停留所へ向かう。もう既に列はできていたが、早目に着いたので出発時刻は問題がなさそうであった。
次の目的地までは歩くと通常は野宿を挟むことになるが、乗り合いのフコアックで行けば休憩時間を入れても半日程で着くらしい。朝早くに出れば夕方には着く計算である。時間が遅くなってもフコアックの中で眠ることはできるので野宿よりはマシである。
リエティールが列に並び、その横にソレアとイップがついてたわいもない話を交わした。
「あ、そうそう! リーに教えておきたいことがあったんっすよ」
唐突にイップが何かを思い出したように手を叩いてそう言う。リエティールが首をかしげて何かと聞くと、
「宿の創設者の生まれ故郷がどこなのか、調べてきたんっすよ! 確か大陸の真ん中より南よりの……『ウチカ』って所だったはずっす!
そこには外の景色を見ながら入れるオルがあるらしいんっすよ! もし近くを通ることがあったら、是非寄っていつか感想を聞かせてほしいっす!」
「結局はお前が知りたいってわけか」
目を輝かせながら話すイップの横で、ソレアが呆れたように苦笑しながら突っ込みを入れる。リエティールも釣られて苦笑するが、彼女自身オルのことはかなり気に入っているので、この情報を聞けたのはありがたいことであった。
そうして暫くして漸く、リエティールが乗るフコアックがやってきた。いよいよ別れの時である。
近付いてくるフコアックを見て、ソレアはリエティールと向き合うと、真剣な眼差しで何度も言った言葉を繰り返した。
「いいな? 気をつけるのは魔操種だけじゃない。 人間の中にも敵になる相手が居るかもしれないってこと、忘れるんじゃないぞ」
リエティールはその言葉に力強く頷く。今までリエティールは様々な人に恵まれてきた。しかしこれからもずっとそうとは限らない。彼女が持っているものや彼女自身を狙って近付いてくるものが居るかもしれないし、彼女を標的にせずとも危険を呼び寄せてくるような人物がいるかもしれないということを忘れてはならない。
そして彼の言葉の裏には勿論、人前で迂闊に魔法を使うなと言う忠告も含まれている。日頃から気をつけてはいるが、リエティールは改めて心の内に刻み付けなおした。
そうこうしている内にフコアックが停留所に到着した。このフコアックは商人の使っていた幌を貼ったものとは違い、木製の箱型になったタイプである。
列がどんどん進み、やがてリエティールの番が来て、彼女は乗り込む際に後ろを振り向いた。そこではソレアとイップが目一杯に手を振っており、
「達者でな!」
「元気でいるっすよ!」
と声を掛けてきた。リエティールもそれに答えるように頷いて手を振り、心からの笑みを浮かべた。
そして乗れるだけの人数が乗り込むと入り口は閉じられ、御者の合図と同時にエスロが嘶き、フコアックは進み始めた。
リエティールは席の後ろにある窓から身を乗り出すようにして顔を出し、ずっと手を振り続けている二人を見る。そして、
「ありがとうございました!」
と言い、その姿が見えなくなるまで手を振り続けた。




