99.明日への備え
リエティールは頭の中の地図を辿りながら、目的のセルム商会の建物までたどり着くことができた。この辺りはエルトネよりも商人の方が多く、その大半が大荷物を抱えていたり、エスロの手綱を引いていたりしている。
セルム商会は他の商会の建物に負けず劣らずといったくらいの規模で、以前グレンデップのフコアックにも描かれていた車輪にエスロのマークが掲げられている。建物の脇には沢山のエスロとフコアックが留められているのが見える。
リエティールは建物の前でどうしたものかと立ち止まっていた。ドライグとも店とも違う建物なので、普通に正面から入っていっても良いものかどうか分からないのである。
そう決め倦ねていると、丁度その時商会の正面扉が開いて、一人の商人らしき男が出てくる。彼は荷物を抱えてそのまま厩舎の方へと行こうとしていたのだが、この場に似つかわしくない雰囲気のある少女が、建物をじっと見つめて悩んでいる様子なのに気がついて声を掛けた。
「お嬢ちゃん、どうしたんだ? うちの商会になにか用でもあるのかい?」
急に声をかけられてリエティールは驚いていたが、彼がこの商会に所属している商人だとわかると安心し、自分がここにきた理由を話した。
「グレンデップ達か、ええと……。
……ああ、思い出した。 すまないね、彼らは今別の町へ交易に出かけているから、そうだな……少なくともあと二、三日は戻らないと思う。」
「そう、ですか……」
何となく想像はついていたとは言え、やはり直接礼をいえないということがわかると残念であり、リエティールは少し落ち込んでそう答えた。
そんな様子を見て居た堪れなくなったのか、商人の男は努めて優しく話しかける。
「何か彼らに伝言があるのなら、よければ私が聞いて伝えてあげよう。 今のところ遠出の予定も無いしな」
その言葉にリエティールは顔を上げる。自分の口で伝えられないのは残念だが、伝えられないままというよりは人伝でも伝えられた方がいいと考え、その提案にありがたく乗ることにした。
「ありがとうございます。 私の名前はリエティールです。
ええと、グレンデップさん達に、フコアックに乗せていただきありがとうございました。 と言っていたと伝えてください」
「ああ、分かった」
一先ずこれで安心だと、リエティールは頭を下げ、商人の男は構わないといった様子で、再び厩舎の方へ振り返った。
だが、その直後に、
「あ、あの! すみません、もう一ついいですか?」
とリエティールが慌てて声をかける。男は驚いて振り返るが、勿論と言って頷いた。リエティールは再び感謝の言葉を口にすると、
「服を買っていただきありがとうございました、とも伝えてください」
と頼んだ。彼は頷くと、今度こそ厩舎の方へと歩いていった。
言うか言うまいか、リエティールはずっと悩んでいたが、やはりこの感謝はどうにかして伝えたいという気持ちがあった。そして、面と向かって言えないからこそ、とこの機会に思い切って言ったのである。
リエティールは男の背を見ながらどこかすっきりした表情を浮かべて、商会を後にした。
その後、リエティールは道に並ぶ屋台で食べ物を幾つか買いながら、南門の近くまで来ていた。南門は以前ソレア達と一緒にバリッスを倒しに行く時に通ったが、通り過ぎただけなので周辺の様子はよく見ていなかった。
南の門は王都のある方角と言うことで、東門よりも多くの人が行き交っている。リエティールも明日はこの門から出て王都の方角へ向かう予定である。この国での真の目的地は王都の先にある港町なのだが、港町は王都の向こうに隣接しているので、必然的に王都に向かうことになる。
南門の周辺を散策していると、門の脇に幾つかの看板が並んでおり、それぞれにフコアックが停められている。どうやらそれは行き先別の乗り合い車のようで、フコアックが無いところは出発した後なのだろう。
リエティールはこれが利用できれば幸いだと思い、自分の行き先にあった看板を探す。程なくして王都方面の最寄の町へ向かうフコアックが見つかり、いつ頃出発するかという詳細が書かれた部分へ目を通す。
どうやらこのフコアックは利用者が多いらしく、それなりの頻度で出発しているということが分かった。しかしその分混むということでもある。今も次のフコアックを待つ人の列ができていた。乗りたい便を狙ってきても乗り切れない可能性もあり、少し余裕を持って来たほうがいいだろうと結論付けた。
元々この存在を知らなかったリエティールは、本来は徒歩で向かおうと考えていた。彼女にとって野宿は苦ではないし、この街道は人通りも多いため以前来た道よりもずっと安全である。
それでも、早くつけるというのであれば早くつけるに越したことは無い。料金も一日宿に泊まるよりは安く、余裕で払える範囲である。時間も体力も節約になるのであれば勿論こちらを選ぶべきだろう。
リエティールはいい事を知ることができたと喜び、その場を後にして再び町の中へと戻っていった。