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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

できれば友と呼ばせてくれ

作者: F


 それは残酷な光景だった。

 自分の周りには血が水溜りとなってあり、隣で壁にもたれる友人は涙を流して絶命している。


「なんで・・・・・・・」


 その問いには虚しいだけの答えが返ってきた。胸中を占めるのはただただ怒りと憎しみと、そして悲哀。自分を死に追いやろうとしている目の前の、かつて友人だった加害者に対するそれらの中にまだ友情らしき同情が残っている事が、悔しさに拍車をかけていた。


 今、楽にしてやるからと、なんだか良い奴そうなセリフをはいてそいつは俺の目の前に立つと刃を喉につきたててきた。楽にしてやるとか言っておいてそんな恐いことするのかよと言いたかったが、既にそれは血が溢れる喉で遮られた。


「・・・・・・・・・」


 どうせなら最後に加害者の顔を拝んでやろうと睨みつけてやったとき、ぼんやりしていたピントをはっきりさせたら、自分が埋もれる血の中に、見覚えの無い手が落ちていた。いつの間に誰のを切り落としたのかと、胸がつまったとき、その落ちている手の指が動いた。


「はっ・・・?」


 思わず漏れた声に、目の前で俺の首を突き刺すことを戸惑っていた加害者が、どうやら正気を持ち直して足を引き、震える体でしりもちをついた。 

 加害者は怯えた瞳で何やら言い訳をし始めたが、俺の興味は全くそちらに向くことが無く、完全に左から右へと流れていく不景気な音楽でしかなかった。


 俺の視線は先ほどから変わらず手に向かって、それが再び動かん事をただ願って凝視した。また動いたら面白いなと、ただそれだけのつまらない理由だが、腰を抜かして俺から離れていく加害者が罪を犯した理由に比べれば、幾分どころか何十億分も良いだろう。


 そうして見ている間に手は動いた。先ほどと同じ人差し指が、次に小指が動き、だんだんと流れるような動きで薬指、中指と動いていったが、親指はなかなか動こうとしなかった。いつになれば親指は動くのかと、手招きをするような動きの手を見る俺の耳に突然あの加害者が、それは何だと怒鳴り散らすのが聞こえた。


 お前が斬った手だろう、と言うが加害者は認めず怒りを増やして怒鳴った。

 あいつは斬っていないのか、と俺は不思議に思って、再び眺めた手は、なるほど確かに手首から切れていて、加害者の安物包丁では骨までは切れそうに無いだろうから、本当らしい。と、どこか納得しながら、ではあれは何だろうと眺めていると、しきりに指を動かして手招きしていたそれは急に指だけで立ち上がり、人差し指と中指を足にして歩き出した。


 するとまた加害者が狂ったような声を上げて後退し、背後にあった階段から見事に転げ落ちてしまった。痛々しい声と音を出しながら落ちていく彼はどうなったのかさして興味なく階段を見ていると、視界の端で歩き回っていた手が、なにやら歩くコツを掴んだのか、右へ左へと、ふらふらよろめいていたのが突然こちらに向かって突進してきた。


「う、わっ・・・」


 血で言葉にならない声を出して、さすがに身を引いて逃げようとしたが、もともと切り刻まれて逃げられずにうずくまっていた人間が、手が迫ってきたからと動けるようになるはずも無く、それは手間取る事無く俺の足首を掴んだ。


「ひ・・・・っぐ」


 悲鳴を上げようとした喉に血がせり上がってきて、数回咳をしているうちに、足首を掴んでいた手は、何と胸にまで駆け上ってきて血に汚れたシャツをワシ掴みにしたかと思うと、俺は意識が遠退くのを感じ、そのまま暗闇の中へ落ちていった。


「ちょっとあんた!いい加減起きなさいよね!!」


 なにやら起こられている気配を感じて目を覚ますと、目の前には銀色のような目をした女の子が居た。愛くるしい大きな眼の、個人的には残念、タイプではない妹みたいな女の子だ。


「・・・・・・あれ。誰、あんた」


 あいつらならモロ好みだろうなと、いつも遊ぶ仲間二人を思い出して、何か忘れているような気がしながら、とりあえず見上げた女の子は、閻魔様のような恐い声で。


「はぁ? 何言ってるのよ、あんたをこの世に産み落とした、お母様でしょ!」


「・・・・・・はぁ・・・・母さん・・・整形したの?」


「本当に分からないの? はぁもう、あんたも失敗作ね。仕方ないわ、雑用でもやってちょうだい」


 なにやら偉そうに腰に手をあてて、でもってなにやら残念そうに額に手をあてる女の子は、それだけ言い捨てて俺の前から立ち去っていった。


「・・・・・・・はぁ?」


 女の子が去っていった扉を眺めながら、とりあえず起き上がろうとして体の異変に気がつく。


「・・・・・・・はぁ?」


 立てない。


「・・・・・・・・・・・・・」


 どうしよう。とぼんやり扉を睨んでいると、さっき消えていったお母様とかいってる女の子が、俺の前に来て腕の付け根に手をいれ、抱き上げた。ふわりと地面から浮き上がり、何ともいえない不安定感を認識していると、女の子はその銀の瞳を輝かせて。


「言い忘れてたけど、あんた練習用だったから人間の体じゃなくて」


「へ?」


「わたしが去年お気に入りだった人形になってもらっているから」


 は? と首をかしげると、首でチリンと音が鳴った。


「かわいいヌイちゃんよ。あんたのところでもヌイって言うかは分からないけどね。大事になさい。いくら私が作ったとはいえ、二度と作らない無二の体なんだから」


 そう言って、楽しそうな女の子は俺の前に手鏡を出した。そこには首に鈴のネックレスをつけたネコがいる。なるほど。


「ネックレスじゃなくて・・・・・首輪なのね」


 女の子は俺を抱き上げたまま。


「分かったら家のルスイ捕りやりなさい! 一日一匹は持ってきなさいよね。ちゅーちゅーうるさくて敵わないのよ」


「ああ、ルスイって、ねずみね」


 鳴き声は同じなんだなと思いつつ、予測で中学生くらいの女の子を見た。

 銀色の目は、やろうとしなくてもキラキラしているらしく、ずっと見ていても飽きない


「何でもいいから、持ってきなさいな」


 俺と向かい合うようにして抱き上げている女の子の声は、ダイレクトに耳に響いた。頭の上らへんに痛みを感じて、てをあげてみると耳がある。触ると堅く、けれど布がはってあるらしく表面だけ柔らかかった。


「んー耳がきんきんする」


「まさか、ルスイ苦手なの?」


 耳の布の部分だけで耳の穴を何とか塞ぎ、俺は見つめてくる瞳を見返した。


「違うよ。捕ってきてやるさ。だから強力なのりと薄くて大きい皿をくれ」


「のりと皿? わかったわ、食堂にあるモノをつかいなさい」


「了解」


 言って、抱き上げられた体を下ろしてもらい、歩こうとするが上手くいかない。

 しばし考えて手を動かしてみると、足もつられて動いた。四足歩行が基本らしい。


「あら! もう歩けるなんて、あんた成績いいわね」


「そりゃありがとう」


 言った矢先で足を、じゃない、手をひねって転んでしまった。


「そんなものが普通よ。がんばりなさいね」


 そう言って、女の子は俺を追い抜いて扉を開いた。三歩あるいた所でまた横に

こてんと倒れてしまった俺に、彼女は素敵な笑顔を見せながら。


「あんたは体との癒着が早いから、もう元の体には戻れなそうね」


「へ?」


 立ち上がる途中で固まった俺を、くりくりした目は見つめて。


「大丈夫。わたしが責任持って可愛がってあげるから」


「ま、待てよ。それはつまり、俺はずっと木彫りの白ネコちゃんでいろってことか」


「そういうことね」


「な、なにっ」


 冗談だろう、と言うと。女の子は木の扉を閉めながら。


「召喚した魂が癒着するのは、本人の意思が関わっているって先生が言ってたよ」


「・・・・・・・・・・・」


 女の子の足音が去っていくのが聞こえた。


「本人の意思か・・・・・・」


 それは、俺がこの体でい続けることを望んだということか。

 胸の辺りに妙なわだかまりを感じた。


「そっか」


 理由くらいは、教えられなくとも自分で予測が付いた。


「そっか・・・・・」


 下を向くと、チリン、と首輪の鈴がなった。黄色い鈴の先に見えたのは、いつも見ていたよりずっと大きく見えるフローリングの木目だった。

 下を向いたまま歩こうとして、手を出すと、こてんとまた横倒れてしまい、視界には本棚の一番下が現れた。本のタイトルは、どれ一つとして読むことが出来ない。


 首を上げてまた立ち上がり、扉を見据えて歩くと、足元を見て歩いているときよりずっと上手く歩くことができた。少しだけ開いていた扉の隙間に鼻先を入れて、体を入り込ませていくと、嗅いだ事が無い、けれどおいしそうな匂いがしていた。


「キキト~! そろそろポチに餌をあげる時間よ~!」


 はーい。とあの女の子の声が聞こえて、何とも言えない脱力感を覚えると共に、体が勝手に匂いの元へと歩いていった。

 俺は生きている。その言葉だけが頭に溢れてきた。


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