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92.皇帝の孤独

 夜更けに俺の部屋を訪れた陛下はすべての品物を買い取ってくれた。

しかも代金は総額3000万レナールだ。

これだけあればカルバンシアに帰るまでの魔石は十二分に賄える。


「陛下、よろしいのですか? これほどいただくつもりはなかったのですが」

「よい。それくらいの価値はあるだろうよ。まあ、義理の息子への小遣いみたいなもんだ」


 そう言われると恐縮してしまうが、ありがたくもらっておくことにした。

このまま陛下を返すのも悪い気がして亜空間から売り物にしなかったお酒でも出して振舞おうかと考えていたら強めにドアがノックされた。


「カンパーニ男爵、おられるか? マインバッハだ」


 ロイヤルガードのリーダーがいらっしゃった!? 

途端に陛下とアニタの顔が青くなる。


「出るなレオ。居留守を使え」


 陛下のご命令は聞こえなかったふりをしよう……。

 ドアを開けると疲れた表情のマインバッハ伯爵が立っていた。


「陛下とブレッツ卿が揃っておらんのだ? カンパーニ殿は何かご存じないか?」


 俺は身を引きマインバッハ様を部屋に招き入れた。


「ブレッツ卿! ここにおったか。して、陛下は?」


 アニタはバツが悪そうに変装した陛下を指さす。

皇帝陛下を指さすなよ……。


「陛下!?」

「うむ。余はここにおる」


 伯爵も声で陛下をお認めになったようだ。


「お忍びでお出かけになるなら私にもお声をかけてください。陛下がいないと気が付いて肝を冷やしましたぞ」

「それはだな……レオの召喚物のことで……極秘にだな……」


 陛下が苦しい言い訳を始めた。


「何か有益なものをお買い求めになられたと?」


 陛下が手に持っていた写真集をさりげなく背中へと隠す。


「うむ。実に有意義な買い物だった。マインバッハもこれらの品物を見てみろ」


 テーブルの上には食器類や電卓など見慣れない道具が多数並んでいる。

伯爵もそれらの価値は認めたようだった。


「せめて私に一言断ってからお出かけくださいませんか」

「一応護衛はつけたし、宮殿の中のことだ。あまり固いことを申すな。それに、余がレオと親密になっていることは秘匿しておいた方がいい事柄だろうが」


 この一言でマインバッハ様も何かを悟ったようだった。

王位継承権の順位争いは熾烈だ。

俺と陛下の仲が親密になれば、誰かがフィルを貶めるような行為に走る恐れもある。

陛下としてはそこら辺のことも気遣ってのお忍びだったのだ……そう信じたい!


「陛下のご配慮には感激いたしますが、御身を守るロイヤルガードたちのこともお考えください」

「うむ」


 重々しく頷きながら、陛下は写真集を服の内側に隠していた。

これじゃあマインバッハ様の気も休まらないだろう。

先日メーダ子爵にあげた胃薬を分けてあげようかな。

いや、それよりもずっといいものがある。


####


名称 超小型追跡装置

説明 発信機と受信機のセット。発信機から送られる電波を受信器で受信して、だいたいの方向と距離がわかる。発信機は極小のメダルとなっており、首からネックレスのようにぶら下げて持つことができる。某社会主義国の諜報機関が作ったとされるアイテム。


####


 アリスの世界ではアンティークマシンと呼ばれ、マニアにとっては垂涎すいぜんの品物らしい。

骨董品というのは好きな人にとってはたまらないものみたいだもんね。

GPSを使えばより高度で精密な位置情報を得ることができるそうだけど、これはこれで便利だと思う。

発信機を陛下に身につけていただけば、いつでも御身がどこにいるか把握することができる。

伯爵も喜んでくれるのではないだろうか。


「マインバッハ様、実はこのようなものがあるのですが……」


 思った通り伯爵は大喜びだ。


「素晴らしい! 素晴らしいぞ、カンパーニ殿! このような秘宝が存在するとは、異世界万歳ですな‼」


 こんなにテンションの高いマインバッハ様は初めてだ。

あのアニタさえ少し引いている。


「ハッピハッピーな気持ちはわかるけどさ……、ちょっと怖いよマインちゃん」

「誰がマインちゃんだ! ブレッツ卿、そもそもそなたが陛下を甘やかすのも問題なのだぞ!」


 アニタは誰にでもこんな調子なのだな……。

お小言は少し続いたが、マインバッハ様は思い出したように俺の方へ向き直った。


「それで、この機械はいかほどでお譲りいただけるだろうか? 私の裁量に任された範囲なら……、いや、私財を投じてでも買い取りますぞ」


 そんなに真剣な目で見られると困る。

もともとこれは売る予定のなかった物なので値段をつけていなかったのだ。

いっそのこと差し上げてしまおうかと思ったら陛下が口を出された。


「それは余が買い取ろう。1千万レナールも出せば足りるか?これでマインバッハの気が休まるなら安い出費だ」

「陛下……」


 一千万レナールも貰っていいのだろうか? 

俺はすべてを合わせて4千万レナールの収入を得た。


 陛下とアニタを送り出してマインバッハ様に受信機の使い方を説明した。

発信機の方は陛下の首に下げていただいてある。

受信機のモニターには光の点、方角、距離の3種類が表示されていた。

数字は異世界のアラビア数字というものなのでこの世界との対応表をメモして渡したが、聡明なマインバッハ様はすぐに暗記されていた。


「もう覚えてしまわれたのですか?」

「暗記は得意なのだよ。文武両道でなければロイヤルガードは務まらんさ」


 心に湧いた率直な疑問をぶつけてみた。


「あの、……アニタ・ブレッツ殿も?」

「あれは特別枠だ。それに陛下が気に入ってしまったからな……」


 どこがいいのだか。


「カンパーニ殿、……皇帝というのは我々が想像できないくらい孤独なのだよ」

「孤独……ですか?」

「うむ。陛下に臣はいても友はおらんのだ。お諫めするものはあっても批判をするものはない。その例外がアニタ・ブレッツ卿なのだ」


 なんとなくだけど理解できるような気がする。


「陛下が『美味い』と言ったチーズケーキを『まずい』と言えるのは世界中でブレッツ卿だけ、そういうことなのだ」


 あいつなら本当に言いそうだな。

……あれ? 

なんだろうこのモヤモヤ。

もしかして俺はアニタと陛下の関係に嫉妬しているのか?


「そんなに気に入っておられるのなら……ブレッツ卿を側室に加えるなんてことは?」

「それはない」


 マインバッハ様はすぐに俺の言葉を否定した。


「なぜでしょうか?」

「女としての魅力を感じないそうだ」


 あっさり! 

しかも酷い! 

初めてアニタに同情したぞ。

でも、どこかでホッとしている俺がいるのも事実だった。


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