84.犬と猫
目まぐるしく時が過ぎ、もうすぐ今年も終わる。
あっという間の一年だった。
思えば新年に「異界からの召喚」というギフトを得て、俺の環境は驚くほど変わってしまった。
本当に激動の1年間だったと思う。
「おはようございます。洗顔用のお湯をお持ちしましたよ」
お湯を張った洗面器を持ってアリスが部屋に来てくれた。
「おはようアリス。フィルはもう起きている?」
「はい。今日はスカイブルーのブラで決めておられます。レースをふんだんにあしらった」
「そういう情報はいらないから。もう少し気の利いた朝のお知らせがあるとありがたいよ」
アリスは小首をかしげる。
「地の下月28日。天気は曇り、夕方から21時頃までは雪です。現在の気温は1度。昨日の魔石先物価格はやや下落して終了しております」
そちらの情報の方がいくらか有益そうだ。
「天気の予測ができるようになったのはよかったよね」
「気象衛星コマワリのおかげですね」
湯気を立てているお湯で顔を洗うとスッとタオルが差し出された。
「ありがとう。さっぱりしたよ」
「それはようございました。このまま気分よく召喚魔法といきますか? それとももっとスッキリしてからになさいます?」
このままで結構だ。
今朝は何が召喚されるのだろう。
今週の俺は以下のようなものを召喚していた。
キズナオールS(再召喚、ストック用)、
消しゴム、
ヨガマット、
抱き枕(女の子の絵が描いてあったので亜空間に封印した)
トレーディングカードなどなどだ。
新しい召喚物で特に役に立ちそうだったのはリンゴ(食べると知のパラメータが微上昇)だ。
種は慎重に取り出して、エバンスにあげることにした。
農業の加護があるエバンスが育てれば上手く発芽すると思う。
10年もすれば、皇帝の庭園に知恵の実がたわわになるかもしれない。
「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我が元にその姿を現せ!」
今朝の召喚物は二対の指輪だった。
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名称 ソロモンの指輪
説明 大天使ミカエルを通じてソロモン王に授けられたという伝説の指輪のレプリカ。ソロモン王は指輪の力をかりて天使や悪魔、精霊などを使役したとされる。この二対の指輪は魔導科学で精巧につくられたレプリカである。魔力を具現化してクー・シー及びケット・シーなる人工精霊を使役することができる。
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なんだか面白そうな物が召喚できたぞ。
「珍しいアイテムを召喚しましたね」
アリスも興味深げに指輪を覗き込んでいた。
「アリスでも知らないアイテムなの?」
「はい。私のデータベースにこのようなものは存在しません。私がいた世界とは別のところから召喚されたのでしょう」
俺の召還は様々な場所や時間からランダムにされるんだよね。
前は「石槍」なんてものも召喚したくらいだ。
説明には最新式の磨製石器とか書いてあったけど、原始時代の最新式という意味らしかった。
指輪はかなり大ぶりで金色に光っている。
上部には五芒星や文字が細かく描かれていた。
紋章が描かれた部分の赤いものがクー・シーで青いものがケット・シーみたいだ。
早速両手に指輪を装備して精霊たちを呼び出してみた。
「出でよクー・シー、ケット・シー!」
指輪が赤と青の炎を吐きだし、それぞれに二匹ずつの精霊が現れた。
クー・シーは赤い炎で作られた犬、ケット・シーは青い炎で作られた猫のような形をしている。
どちらも子牛くらいの大きさをしていた。
「どれ……」
つぶやくと同時にアリスの体が揺れ、突然俺に攻撃を仕掛けてきた。
何とか対応できるスピードだったのでガードしようと思ったのだが、俺とアリスの前にクー・シーのうちの1頭が割り込んできて攻撃を防いだ。
アリスの拳によってクー・シーは吹き飛んでしまったが、俺にダメージは入っていない。
「反応と防御力はまあまあです」
いきなりは危ないだろう?
「攻撃力も確認しておきたいですが室内では無理ですね」
ここで試したら俺の私物がえらいことになってしまうかもしれない。
休憩時間に庭園の隅に行って、こっそりと試すことにした。
午前中にフィルは貴族の子女を招待してティーパーティーを開いたので、その時間を使って指輪の実証実験をすることにした。
お茶会の招待客にはレベッカもいたし、警護はマルタ隊長の率いる警護チームに任せてあるので心配はないだろう。
何かあればアリスのセンサーがキャッチするし無線機で連絡も来るはずだ。
異世界召喚アイテムのおかげで連絡はスムーズだ。
庭園の端で指輪を装着した。
「それじゃあいくよ!」
クー・シーとケット・シーを呼び出してアリスに向かい合う。
「どうぞ遠慮なくきてください」
人工精霊たちは命令さえ出せば自動で攻撃してくれた。
防御に関しては命令しなくても指輪の装着者を守るようにできているようだ。
攻撃方法は高速で動きながら火球を飛ばす方法がメインだった。
これは自らを構成する魔力を攻撃エネルギーに変換して飛ばしているようだ。
そのせいか火球を撃つたびに体が小さくなり、10発も撃つと精霊は消えてしまった。
他にも、ここぞという時の大火力として体当たりをかますという攻撃法があった。
体当たりがヒットすると大爆発を起こして敵に大ダメージを与えるが、自らもはじけ飛んで消滅してしまう。
装着者の魔力が続く限り人工精霊は何体でも作り出せるのだが、指輪一つにつき一度に制御できるのは二体までだった。
「悪くはないですね」
精霊の攻撃をことごとく受け止めたアリスが顔についた煤を手の甲で拭った。
威力を確認するためにあえて避けずに受け止めたのだろう。
それでもアリスの身体には傷一つついていないようだ。
その代わり服はボロボロで目のやり場に困ってしまう。
俺はそっぽを向きながら自分のマントを差し出した。
「とりあえずこれをかけて」
「マントが汚れてしまいます」
俺が恥ずかしいから早く着てくれよ……。
「このままじゃ話もしづらいだろう?」
有無を言わさず後ろからマントを肩にかけてやると、アリスは前を掻き合わせて顔をそこにうずめた。
「レオ様のにほひ……」
これがなければもっと可愛いのに……。
「で、人工精霊はどうだった?」
「そうですね、多人数を相手にする場合などにも有効だと思われます。オートで動いてくれるので癖さえつかめば戦術に幅がでるでしょう」
「火力は?」
「メラミくらいでしょうか?」
メラミ?
「ファイラと言った方が分かりやすかったでしょうか?」
「どっちもわからないよ」
「やっぱりレオ様は勉強不足でございます!」
本当に俺が悪いのか?
とにかく指輪の実証実験は終わった。
ソロモンの指輪は十二分に役に立ちそうだ。
自分で使ってもいいし、フィルやレベッカ、ララミーにプレゼントしてもいいだろう。
アニタは……やっぱり差別はいけないな。
自分だけ仲間外れだと暴れるかもしれないし……。
庭園から宮殿に戻る途中でばったりとエバンスに会った。
今日は作業着ではなくて正装をしている。
「やあエバンス。どこかにお出かけかい?」
「これから天文院に来年の農事暦を貰いに行くんだよ。発売は来年なんだけどもうできているから特別にもらえることになったんだ」
農事暦は四季ごとに農作業や年中行事を系統的にまとめた暦だ。
宮廷の農園を預かるエバンスにとっては大切な物だった。
俺も農業をやっていたころは神殿で発売される農事暦を新年になると買ったものだ。
「天文院といえばスピノザ伯爵か」
「うん。といってもスピノザ伯爵に面会予定があるわけじゃないよ。あちらの役人に新しい暦を分けてもらうだけだから」
先日召喚した天体望遠鏡をスピノザ伯爵にあげてしまおうという計画があったな。
天文院の場所を下見しておくのも悪くない。
「俺も一緒に行っていいかな? 天文院に興味があるんだ」
「うん。一緒に行こうよ」
アリスと別れて俺たちは天文院を目指して歩き出した。