82.プロトタイプ
本日二本目です。
魔導大全を召喚して以来、俺は暇をみつけては読書にいそしむようになった。
知識が次々とリンクしていき、読むたびに新しい発見があるんだ。
「レオ、あまり根を詰めると体をこわしますよ」
寝る間も惜しんで読んでいたらフィルに心配をかけてしまった。
前に召喚した栄養ドリンク・リポケルミンD.V.EXを飲んで、徹夜で読んでしまうくらい熱中していたのだ。
最近では目の下にくっきりとクマができてしまい、アニタだけが「お揃いだ!」と喜んでいる。
ちょっと不健康すぎるよね。
今晩から少し自重することにしよう。
「ごめん、フィル。今日はちゃんと寝ることにするよ。だけどすごく面白いんだよこれ。ひょっとしたら人工魔石製造機のプロトタイプが作れるかもしれないんだ」
「まあ、それは素敵ね。こっちに来てその話を聞かせて」
ここはフィルの居間だけど今は俺たち以外誰もいない。
ドアの外でアリスが待機しているだけだ。
フィルは自分の横に座るように俺をソファーに誘った。
「フィルも知っている通り国境線の南は魔素濃度が低いんだよね。だけど人工魔石を作れないわけじゃないんだ。ただ、採算が取れないだけでね」
人工魔石を作る機械を動かすにもエネルギー源として魔石が必要になる。
魔素濃度の低い地域で人工魔石を製造しようとすると1つの魔石を作り出すのに2個の魔石を消費しなければならないということになってしまうのだ。
これでは人工魔石を作る意味はない。
その代り国境線の向こう側では1個の魔石を消費して3個の魔石を作り出すことが可能だった。
「商売としては成り立たないけど、純粋に魔導科学の実験としては試作機を作るのは意味のあることだろう? 陛下をはじめとした重臣たちに人工魔石の可能性を説明するのにも便利だしさ」
「そうね」
フィルが俺の肩をひいて膝枕をしてくれた。
「だけど、そのせいでレオが倒れてしまっては何ともなりませんよ」
「うん。わかっているよ……」
フィルの美しい指先が俺の髪をかき分けた。
「本当にいけないプリンセスガードですね。皇女に心配ばかりかけるのですから」
「そうだね。でも俺ができるのは開発だけだよ。運用をするのはフィルたちだからね。実際にプラントが稼働したら寝なくなるのはフィルの方だろう」
「うっ……確かに」
「フィルはみんなのために頑張っちゃうからね。ひどい時はお諫めはするけど、その時はしっかり休息をとるんだよ」
「ええ……」
フィルの顔が近づいてきたので俺は目を閉じた。
柔らかな唇の感触がした。
幸福な午後の時間が俺たちを包んでいる。
そして、俺はそのまま眠ってしまっていた。
♢
魔石というのは魔素が結晶化したものだ。
だから核となるものを濃縮した魔素の中に置いておけば魔石は出来上がる。
これが極限まで説明を単純化した人工魔石製造の方法だ。
核となる物質には塩の粒を使用する。
今のところ塩が一番コストが安く、比較的安定している。
俺とフィルは社交の合間をぬって毎日のようにララミーの研究室へ通い、実験を繰り返していた。
そして、ついに初めての人工魔石が完成した。
アリスが容器から取り出したばかりの人工魔石を測定して数値を確かめている。
青い魔石はサファイヤのように煌めいている。
「完璧でございます。魔物からとれる魔石と魔力量は同等です。エネルギー変換率も何ら変わりございません」
実験は成功した。
俺とフィルは手を取り合って喜ぶ。
それからララミーとも固い握手を交わした。
今回の実験ではララミーには場所の提供だけでなく、様々な作業を手伝ってもらったのだ。
「ありがとうララミー。君がいなかったらこれほどまでの短時間で成果を得ることはできなかったよ」
「いえ。私の方こそお礼を言わせてください。私は歴史の証人になることができました。こんなことって……」
小さな魔石を手に取りながらララミーはポロポロと大粒の涙を零していた。
この小さな魔石を一つ作り出すために1200万レウンもかかってしまったけど、プラントが稼働すれば投下資本は数年で回収できるはずだ。
これでカルロさんの作製した事業計画書と俺の実験レポートを陛下に提出できる。
後は陛下のご判断に任せるとしよう。
♢
その日、第二魔法実験室は人であふれていた。
普段は宮廷魔導士以外の姿は滅多に見られないのだが、今日は近衛の兵士たちが門の内外を厳重に警備している。
それもそのはずで、今日は宮殿の主たる皇帝だけでなく皇太子や大臣、大貴族の面々や高官たちが一堂にこの場所に会していたのだ。
それらの人々の前でレオが人工魔石試作機の説明を丁度終えるところだった。
「以上で人工魔石製造機の説明を終わります。ご質問に関しましてはどこか落ち着ける場所で改めてお受付しようと思います」
試作機は大きすぎて謁見の間に運ぶことができなかった。
陛下にはレポートだけをお見せするつもりだったんだけど、自分の目で見たいとのことで実験室まで来ていただくことになってしまった。
まさか、こんなに大勢の人が来るとは思わなかったけど。
「レオ……よくやってくれた。そして……レオを養子にすると宣言しておいた過去の儂、グッジョブ!!」
第二魔法実験室に陛下の声が響いた。
皇太子殿下とフィルが苦笑している。
「くくくっ、本当によくやったぞ、レオ。これで魔道鉄道をはじめとしたエネルギー問題が一気に解消するわい」
「陛下、少々気が早いかと。問題は山積みでございます」
本格的に人工魔石を得るためには、国境線を少しでも北に押し上げてプラントの場所を確保しなくてはならないし、魔物の攻撃に対する防備も固めなければならない。
必要経費は膨大な額になるだろう。
それを差し引いても人工魔石の可能性は魅力的な物ではあるんだけどね。
「わかっておるわ。とりあえず、レオ。お前は伯爵になれ」
「はあ?」
「人工魔石の理論を完成させただけでその価値はある」
完成させたのは三段腹博士ですよ。
まあ、黙っておくけど……。
「領地についてはおって沙汰する。詳しい話は昼飯を食べながらだな。フィリシアとカルロ・バッチェレも一緒に食べるぞ。シリウス、お前も来るのだぞ」
シリウス様は皇太子殿下のことだ。
人工魔石計画はかなり長期の物になるだろうから、陛下はそれを見越してシリウス殿下も同席させるのだろう。
シリウス様は人々の調整を図るのが上手で臣下にも人気がある跡継ぎだ。
穏やかだけど芯の強い人で俺は密かに尊敬している。
「ウォッホン!」
陛下の後ろで護衛の一人が大きな咳ばらいをした。
見なくても誰だかわかる。
アニタだ……。
「そんなに睨まなくてもわかっておる。アニタも今日は同席せよ」
陛下は終始ご機嫌だった。
昼食の前に質問タイムになったけど、技術的なことに関しては俺とララミーが、政治経済軍事についてはフィルとカルロさんが答えることになった。
カルバンシアは未だ雪の中だけど、この春からは騒がしくなりそうだ。
ひょっとしたら帝都ブリューゼルからカルバンシアを結ぶ大陸縦断鉄道が開通しそうな勢いなんだもん。
時代は加速度的に進みだしていた。