81.本を読んで鍛えよう
本日一本目です。
モニターに映ったアニタの姿を見てレベッカが素っ頓狂な声を上げていた。
「なんであいつが大使館にいるのよ!?」
「どうやら偶然居合わせたようです」
時間をさかのぼって映像を解析したアリスはそう結論付けた。
「カンパーニ殿たちの会話は聞こえないのでしょうか?」
「偵察衛星にそこまでの機能はございません、ララミー様。映像から読唇をすることもできるのですがこの角度では難しいですね。レオ様には盗聴器を召喚していただきたいものです」
レオたちはしばらく会話をしていたが、アニタが嬉しそうに馬車に乗り込む様子が移りだされる。
「どうやら一緒にいかれるようでございますね」
フィルがボソリと呟いた。
「ブレッツ卿は楽しそうですね……。私もご一緒すればよかったです……」
「本当に。こんな風に覗いているのがバカバカしくなってくるわ」
レベッカも悔しそうだ。
「これはこれで楽しいと思いますが……」
ララミーだけが変わらぬ様子でモニターを眺め続けていた。
オーブリー卿の案内はアニタがいたのにとても楽しくできた。
アニタは普段と比べると常識的に振舞っていたし、帝都のいろいろなスポットを教えてくれた。
特にクリスティアナ殿下がご入学されるベルギア中央学院の周囲については詳しかった。
それもそのはずでアニタもそこの卒業生なのだ。
学生に人気の店や、伝説の樹をはじめとした眉唾物の学院七不思議などを教えてくれた。
「今日はアニタがいてくれてよかったよ」
「ふふ、私ができる嫁ということを印象付けておかなければならないからな」
アニタは終始ご機嫌で、宮廷に帰ってきてからも鬱陶しいほどだった。
そして、そんなアニタの犠牲者になるのはいつもどおりレベッカだ。
「ぬはははっ、聞け!」
「いやよ!」
アニタはレベッカの言葉なんて無視する。
「異国の騎士にレオの婚約者として紹介されたのだ。うらやましいだろう?」
「う、うるさいわね!」
「今度のナントカ殿下のお披露目パーティーにもレオの婚約者として正式に招待されたぞ」
「クリスティアナ殿下よ。名前くらい憶えなさい!」
「うむ、その殿下だ」
アニタは終始ご満悦で、俺たちを「お似合いの夫婦だ」と言ってくれたオーブリー卿のことがかなり気に入ったようだ。
今日のことをさんざん自慢して、ようやく今夜の任務へと戻っていった。
レベッカがだいぶしょげている。
「レベッカもクリスティアナ殿下のお披露目パーティーに行こうよ。俺がエスコートするから」
レベッカは顔を上げない。
「レオは殿下やアニタと一緒に行くんでしょう? 私の出る幕なんてないわよ」
「レベッカならクリスティアナ殿下のいい友人になれると思うんだけどな……」
そうは言ってみたがレベッカは返事をしてくれなかった。
そろそろレベッカとのこともきちんとしないといけない。
彼女が俺に好意を寄せてくれていることは分かっているんだけどさ。
俺だってレベッカのことは好きだけど、俺にはフィルがいるのだ。
何人も側室を持てるような身分じゃないしね。
このまま良い友人のままでいられるのならいいんだけど……。
落ち込んでいるレベッカを上手に慰めることもできないまま、虚しく時間だけが過ぎていった。
♢
魔法陣の光が収まるとそこに現れたのは分厚い書物の束だった。
積み上げると高さは俺の腰を超えるほどになる。
本を召喚したのは『軍隊兵法術 速習4週間!! ~今日から君も兵法家~』以来だ。
今日はどんなタイトルの本を召喚したんだ?
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品名 『魔導科学大全Ⅰ~Ⅹ』(水道橋大学出版)
説明 魔導科学の権威、水道橋大学名誉教授であり、イグラーベル賞受賞科学者である三段腹幾太郎教授による大著。魔導科学の基礎から応用、今後の可能性までを網羅した大作である。魔導科学を志す者なら必ず一度は手に取る本と言われている。
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なんかすごい本を召喚してしまった。
試しに1巻の最初のページを呼んでみたけど、以前と同じですんなりと内容が頭の中に入ってきた。
スポンジが水を吸収するように、脳が知識を吸収していく感じだ。
ついつい読み耽ってしまったぞ。
「レオ様。そろそろ殿下のところへ行かなくてはならないのでは?」
アリスに呼びかけられて顔を上げると、そろそろフィルが姿を現す時間だった。
慌てて本を亜空間にしまい部屋を出た。
「何を読んでいたのでございますか? エロ本?」
「あんな分厚いエロ本があるかよ」
「ララミーのところにはありました」
そういえば見かけたな。
正確に言うとエロ本ではなくて、魅了魔法について書かれた研究書だ。
サキュバスが少年を誘惑している図解が出てきたりしてかなりきわどかったけど……。
「俺のは魔導科学大全という本だよ。いかがわしい本じゃないからな!」
「へえ……、聞かないタイトルですね」
どうやらアリスの世界の本ではないらしい。
「そもそも私の世界では紙の本というものは今やほとんど存在しません。だいぶ前にすたれてしまいましたね。一部の愛好者たちが大金を投じて作る嗜好品となっております」
本が高級品というのはこの世界でも一緒だ。
「紙じゃない本というのは想像できないなぁ」
「電子書籍という形態がございます。こんな感じですね」
アリスがタブレットを渡してくれた。
「横へスライドさせるとページをめくることができるのです」
タブレットの画面には本のタイトルらしきものが表記されている。
『アデヤカ』?
艶やかなのかな?
よくわからないけど小説のようだ。
作者はエカテリーヌ剛田という人だった。
ページをめくるとテキストの羅列が飛び込んできた。
「へぇ~、小説をこんな風に読めるんだね」
「はい。気に入っていただけましたか」
チラッと読んでみたが、舞台はこの帝都で、主人公はオーブリー卿と俺ではないか。
しかも口にできないほど恥ずかしいことが書かれている。
「アリス、これは何だよ!」
「私の作品です。ペンネームは仮の物ですからお気になさらずに」
どうしてこんなものを書くんだろうね?
「そんなに俺とオーブリー卿をくっつけたいの?」
「ちょっと違いますね。第三世代からAIも夢をみるようになりました。第五世代に至って想像の翼は成層圏を超えたのです。その作品は少女のささやかな夢の欠片なのでございますよ。アンドロメダから愛をこめて……」
アンドロメダって何なのよ?
だいたい詩的に言えばいいというものじゃない。
「電子書籍というものをご理解いただけましたか?」
「よくわかったよ!」
「それはようございました」
魔導科学大全はとんでもなく重いから電子書籍の方が楽に読めるだろう。
俺には亜空間があるからいいけど、一般的には置く場所にだって困ってしまうと思う。
しかもかなり分厚いから読むたびにウェイトトレーニングをしているみたいになるよね。
知識が増えて上腕二頭筋も鍛えられるから俺にとっては一石二鳥だけど、これが電子書籍だったらかなり便利だということは理解できた。
だけど綺麗に装丁された紙の本にも魅力を感じるよな。
次の投稿は20時以降を予定しております。