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80.鳥の視点

 オーブリー卿を案内するのに宮廷の馬車を借りることができた。

これもプリンセスガードの特権だ。

いざとなったらエバンスのところの荷馬車を借りられるけど、せっかくだから見栄を張っていい馬車に乗りたいもんね。

宮廷の馬車はスプリングもよく利くからお尻が痛くなりにくくていいんだよ。

一方、温室を管理するエバンスは荷馬車を三台も所有しているのだけど、実用一点張りの武骨な馬車なのだ。

それはそれで味があるけど、異国のお客様を案内するのには向かないと思う。

エバンスは給料のほとんどを温室につぎ込んでいるんだよな。

本人は「趣味がそのまま仕事になっているからいいんだよ」と、嬉しそうに言っていたけど、もう少し遊んでもいいのにと思ってもしまう。

私財を温室になげうって、贅沢と言えば日々の食卓が豪勢になっていることくらいだろうか。

だけど、デカメロン準爵となった今でもエバンスはエバンスのままで善良であり、俺にはそれが最高に嬉しかったりもする。


 玄関の前で待っていると、今日乗る予定の馬車がやってきた。


「お待たせいたしましたカンパーニ様」


 御者を任せた特戦隊のクロード伍長が馬車から飛び降りてきてドアを開けてくれた。

クロード伍長は馬の扱いにかけては特戦隊随一の腕を持っていて、フィルが馬車を使うときはたいてい操っている。

彼に任せておけば安心だった。

 実はアリスが御者を務めると言ってきたんだけど、あいつは変なことばかり言うので今日は宮廷待機だ。

これはお仕置きでもある。

何がBLだよ。

カップリング? 

俺とオーブリー卿を無理やりくっつけるような妄想はしないでほしい。

男同士の恋愛だってありだとは思うけど、それを俺に押し付けるのはやめてほしいのだ。


「早速だけどレイルランド大使館にやってくれ」

「承知いたしました」


 精鋭部隊である特戦隊の中でも、最精鋭である警護チームに所属するクロード伍長は帝都ブリューゼルの地理を完璧に網羅している。

行き先を告げるだけで馬車はよどみなく走り出した。


 広い応接室にはアリスを中心にフィリシア、レベッカ、ララミー、イルマが集まってタブレットの映像を熱心に眺めていた。


「馬車が動き出しました。これより追跡を開始いたします」


 アリスが偵察衛星を制御してレオの監視を宣言した。

アリスのすぐ横にはスナック菓子のように魔石が皿にこんもりと盛られている。

アリスはこれをポリポリと食べながらレオの様子を観察していた。

衛星の運用には大量の魔力が必要なのだ。


「ねえ、なんとなく来ちゃったけどレオの様子をのぞいてどうするわけ?」


 レベッカが腕を組みながら素朴な疑問を投げかけてくる。


「それはレオ様とオーブリー卿のデートを見て楽しむために決まっているではありませんか?」


 アリスは当然のことのように言い放ったが、レベッカには腑に落ちなかった。


「レオが男色なんて想像できないなぁ……。あいつは結構スケベだと思うわ」

「ああ、それは私も感じますね」


 イルマが同調したが、フィルとしては納得がいかないようだ。


「どうしてそう思うのかしら?」

「し、失礼いたしました!」


 イルマは慌てて頭を下げたがフィリシアの追及は止まらなかった。


「どうしてそう思うかを聞いているのです。質問に答えて」


 イルマは正直に打ち明けるしかなかった。


「その……たまに視線を感じるのです。胸のあたりに……。でも、本当にたまにですよ!」


 一応レオのフォローも忘れないイルマだった。


 「ところでララミー、あんたもレオのデートに興味があるの? 滅多に部屋から出てこないくせに?」

「私は偵察衛星の運用に興味があるだけです。カンパーニ殿のことは別に……」


 ララミーはそう言ったが、全てを鵜呑みにするレベッカではなかった。


「みなさんお静かに。レオ様がオーブリー卿に接触しますよ」


 アリスの一言で皆は私語をやめ、モニターを注視した。


   ♢


 オーブリー卿は大使館の前で俺を待ってくれていた。


「オーブリー卿!」

「カンパーニ殿!」


 俺たちは再開を喜びながら固い握手を交わした。


「カンパーニ殿、いや、カンパーニ様と呼ぶべきでしょうな。聞きましたよ、フィリシア殿下とのご婚約のことは。おめでとうございます」

「ありがとうございます。ですがこれまで通りカンパーニとお呼びください。いえ、できたらレオと呼んでくれた方が私も嬉しいです」


 二人で近況を報告し合った。


「いかがですか、帝都にはもう慣れましたか?」

「たった3日でこのブリューゼルになれるのは無理というものですよ」


 そう、ブリューゼルは世界一大きな都といっても過言ではないのだ。


「今日は主要な通りや、繁華街などにお連れしたいと思っております」


 俺が説明するとオーブリー卿も嬉しそうに同意してくれた。

今日は楽しくなりそうだ。

早速出かけようということになって、馬車に足をかけた時にその声は聞こえてきた。


「レ~オ~」


 それは地獄からの呼び声、死神の声。

思わずその場から跳ね上がり身構えた。


「反応が鈍いぞ。そんな調子では私に食べられてしまうんだから」


 振り返れば上目遣いで死神が笑っていた。

恐怖で身がすくみそうになるけど、これは機嫌がいい時のアニタだ。


「レオ殿、こちらの方は以前お見かけした竜騎士殿では?」


 オーブリー卿は隙なく半身をアニタに向けていた。

攻撃を受ければすぐにでも対処できる身構えだ。

この人もかなりの遣い手のようだ。

そういえば二人は初対面ではなかった。

アニタがバルモス島に飛竜で迎えに来た時に顔は合わせているのだ。

正式な紹介はしていなかったけど。


「ほう……できるな」


 アニタも満足げに唇の端を舐める。

このバカはスイッチが入ると街中でも剣を抜きかねない。

とっとと挨拶を済ませて出かけなければ!


「オーブリー卿、紹介いたします。こちらはアニタ・ブレッツ卿。我が国のロイヤルガードの一人であり、私の……」


 思わず言い淀んでしまうが言うしかないだろう。


「私の婚約者でもあります……」


 俺の紹介にオーブリー卿はすぐさま緊張を解いて親し気にアニタに挨拶する。


「これは失礼いたしました。恩人であるレオ殿の婚約者とはつゆ知らずご挨拶が遅れ申し訳ございません。私はレイルランド騎士のオーブリー・ワーナーと申します」


「丁寧なごあいさつ痛み入ります。レオ・カンパーニの婚約者でアニタ・ブレッツと申します。武一辺倒の武骨もの故、ご無礼な振る舞いがあっても平にご容赦願います」


 アニタにしては上出来な挨拶だ。


「見直したか? 私だって挨拶くらいできるのだぞ」


 ドヤ顔をしなければもっとよかったのに……。


「ところで、アニタはどうしてここに?」

「今日は非番だから久しぶりに街をうろついていたのだ。これから武器屋にでも寄ってみようかと思ってな」


 それを聞いたオーブリー卿が余計なことを言ってしまった。


「それでしたらブレッツ卿もご一緒に行きませんか? 今日はレオ殿にブリューゼルを案内していただくことになっていたのです」


 青白いアニタの頬にわずかに赤味が差した。


「私も行っていいのか?」


 不覚にもじっと見つめるアニタが可愛く見えてしまった。


「い、いいけど」

「ならば参ろう!」


 にっこりと微笑んでアニタが馬車へと飛び乗った。

そしてドアのところに顔だけ出して俺たちを呼ぶ。


「さあレオ、オーブリー卿も早く馬車に乗られよ」


 その様子にオーブリー卿が顔をほころばせた。


「可愛らしい方ではないですか」

「は、はあ。言っておきますけど化け物みたいに強いですよ。私以上に……」


 俺がそう言ってもオーブリー卿は驚くことはなかった。


「結婚するなら姉さん女房に限ると私の父が言っておりましたよ。多少尻に敷かれても家庭は円満にいくそうです。私の母は父よりも年上でしたが今でも仲睦まじい夫婦です」


 そんなものなのだろうか? 

でもアニタが家庭の主導権を握ったら滅茶苦茶になってしまいそうな気がする。

とにもかくにも、こうして俺たちは3人で出かけることになった。


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