78.ご挨拶
本日三本目です。
夜も更けて俺たちは店を出るところだ。
レレベル準爵をはじめ、お店の人やお姉さんたちが総出で見送りに来てくれた。
俺の顔を立ててくれたということもあるんだろうけど、それくらい上客でもあったということだろう。
料金は全部で30万レナール。
マインバッハ伯爵が金貨で支払いをしていた。
「プー様、また来てくださいませね」
「うむ、近いうちにまた来るぞ」
一番お気に入りの女の子の肩を抱きながら陛下が笑っているが、そんなに頻繁に来られるわけがないだろう。
酔ったふりをしてまとわりつくアニタを振り払いながらロセム並木へと歩いた。
「ふぅ~。だいぶ飲んでしまったな」
陛下がウェッピア臭い息を吐いた。
一人でボトル一本分は飲んでいたもん。
ちょっと飲みすぎだよ。
でも、陛下の仕事は激務だからたまにはこうして息抜きをさせてあげないとだめなのかな。
健康に問題ない程度なら俺が護衛を務めてもいいと思った。
「やはり酒税の値上げは据え置きだな……」
ふいに陛下が呟く。
「貴族派におもねるわけではないが、庶民の楽しみを奪うわけにもいかんからな。とくにウェッピアとビールの値段を上げるのは酷というものか」
「御意」
マインバッハ様が静かに頷く。
楽しんでいるだけのように見えてきちんと視察もしていたというわけか……。
お姉さんたちに抱きつかれて鼻の下を伸ばしている姿からは想像もできなかったけど。
「なにかよい財源はないかのぉ……。レオ、何か考えろ!」
なんというむちゃぶり!
成人したばかりの少年にそんなことを聞きますかね?
まあ、俺たちには例の計画があるんだよね。
「はあ……。実は報告書がまとまってからお話ししようと思っていたのですが……」
このタイミングでどうかとは思ったけど、人工魔石の話をお耳に入れておいてもいいかもしれない。
俺は計画の概要を説明することにした。
「――という次第にございます」
陛下の目が見開かれている。
ずっと不機嫌そうな顔をしていたマインバッハ様も驚いているようだ。
アニタだけがいつものようにどんよりとした表情のままで歩いていた。
「バカ者!」
よい財源はないかと聞かれたからお話ししたのに叱られてしまった。
「そういう大事なことをなぜもっと早く言わない!」
「ある程度の目算がついたらお話ししようと考えていたのです。報告書もまとめている最中ですし、ぬか喜びさせるのもなんだと思いまして……」
陛下は鼻で荒く息をしている。
酒のせいではなく興奮しておられるようだ。
「人工的に魔石が作れる可能性か。世の中がひっくり返るような騒ぎになるぞ」
だから、もう少し具体的なプランが立ってから報告したかったのに……。
つい喋っちゃったのは俺だけどね。
「報告書の作成はカルロ・バッチェロがとりしきっているのか?」
「はい。極秘事項ですので少数にて」
「わかった。人手不足解消のためにこちらから応援を回す。カルロには報告書に専念するように申し伝えよ」
人員を回してくれるなら非常に助かる。
カルバンシア方面の文官さんたちは同時進行の案件が多くて非常に忙しいのだ。
「それにしてもレオ、まったく、お前というやつは……楽しませてくれるではないか!」
陛下にがっしりと肩を組まれてしまった。
息が酒臭いです……。
「で、見返りに何が欲しい。地位でも宝物でもなんでも好きに申してみよ!」
え~、そんなこと急に言われても思いつかないよ。
「自分はフィリシア殿下との結婚を認めていただけたので、他には特に思いつきません。贅沢を言えば安全そうで肥沃な場所に領地を頂ければ嬉しいです。そこを開発して静かに殿下と暮らせれば」
「こらレオ! 私を忘れるなっ!」
アニタは耳元で叫ばない!
「欲のない奴だなぁ」
「すでに養子にいれていただけるという厚遇を得ていますからね。あんまり堅苦しいのは困るのですが」
つい本音を漏らしてしまったら、陛下に大笑いされてしまった。
「お前はどちらかというとメダリアとの方が気が合うのではないのか? メダリアも似たような性格だ。フィリシアはもう少し真面目だぞ。あれは皇族としての責務を真剣に考えているからな」
それは俺もよく知っている。
だからこそ俺は裏方でいいのだ。
「メダリア様にはもう思い人がおられますよ」
「おお、さっきのレレベル準爵だったな」
「はい。いかがでしたか?」
「ふ~む。メダリアにとってはあのような男と一緒になるのが幸せなのかもしれんなぁ」
おっ、意外にもすんなり認めてくれそうな雰囲気だ。
「ふん。あれはもう皇位を辞退した女だ。好きなようにさせてやるさ」
少し寂しげだが、陛下は満足そうな顔をしていた。
その朝、イクイアナス修道院長のメダリア・ベルギリアはごく短い手紙を受け取った。
差出人はなんと、実の父親である皇帝プテラノ二世だ。
メダリアが皇帝から手紙をもらうなど初めてのことだった。
我が子メダリアへ
たまには顔を見せに宮廷へ参れ。そして将来を約束したような男があれば紹介しておくれ。お前の好きなケーキを用意させて待っている。私の最近のお気に入りはニューヨークチーズケーキだ。お前もきっと気に入るだろう。
父より
手紙には用件とチーズケーキのことしか書いていなく、それがいかにも皇帝陛下らしくてメダリアは笑った。
笑った後で少しだけ涙ぐんだ。
皇位継承権を辞退し、宮廷とは距離を置いた自分のことを皇帝が気にかけてくれていたことが意外でもあり、嬉しくもあったのだ。
「おはようメダリア。庭で雲雀がいい声でさえずっていたよ。私の雲雀ちゃんは今日も美しいね」
居間に入ってきたレレベル準爵は、挨拶と共に優しくメダリアを抱擁した。
「おはよう、サウル」
「あれ? メダリア、もしかして泣いていたのかい?」
メダリアの目の端はわずかに濡れたままだった。
「ふふ、少し嬉しいことがあったの」
レレベル準爵は安堵の息をついた。
「それはよかった。君を悲しませるようなことは僕が遠ざけてあげるからね。それで、嬉しいことって何があったんだい? ぜひとも聞かせてもらいたいな。喜びは二人で分かち合わないとね」
メダリアはじっとレレベル準爵を見つめた。
「サウル、お願いがあるの」
「なんでも言ってくれたまえ。君のお願いだったらなんだってかなえてあげるんだから!」
「あのね……一緒にお父様のところへ行ってくれないかしら?」
「お父様って……皇帝陛下!?」
「ええ」
レレベル準爵は心臓を掴まれるような思いだった。
ついに来るべき日が来てしまったという思いでいっぱいだ。
元皇女であるメダリアと付き合うのだから、このような日がいつか来ると覚悟はしていた。
だが、わかっていても怖いものは怖い。
娘の父親に挨拶に行くというのは男にとっては緊張を強いられるイベントだ。
相手が皇帝陛下ではそのプレッシャーは何百倍も跳ね上がる。
「そ、そうか。もちろんだとも。一緒に陛下にご挨拶しに行こう!」
レレベル準爵はなんとか笑顔を取り繕うことはできたが、流れでる汗までは止めることができなかった。
人工魔石の話はweb版には出てきていません。
書籍版に準拠しております。
簡単に説明すると、カルバンシア城壁北部を調査したアリスとレオはある一定の北緯に達すると大気中の魔素濃度が急激に上昇することを発見します。
これなら人工魔石が作れるかもしれない! となるのです。