76.おでかけ
本日1本目。
お待たせいたしました。
3か月ぶりの投稿です。
この作品も書籍化が決まり、その作業に追われておりました。
改めましてよろしくお願いします!
ワクテカ顔で俺を見つめる陛下の視線にこれ以上耐えきる自信はなかった。
思わずマインバッハ伯爵に助けを求めたけど、ほとんど諦めたような遠い目をしている。
きっとこの人の苦労は絶えないんだろうなぁ。
それに反してアニタはのほほんとそばに控えているだけだ。
そもそもこいつが陛下に下着を見せびらかさなければこんなことにはならなかったのに。
俺は亜空間から万能コスプレセットを取り出した。
「これがそうか。どれ、さっそく使い方を説明するのだ」
陛下は俺を手招きでさらにそばに呼び寄せた。
臣下であり、入り婿予定の俺に拒否権はない。
婿殿は辛いのだ。
「まずはこちらが頭につけるウィッグです。念じるだけで髪型や色が自由に変化します」
「どれどれ」
陛下はさっそく頭に被って鏡の前に出た。
陛下はもともと茶色の髪をしているのだが、ウィッグは赤くなったり金色になったりと変化を繰り返し、最終的に黒くてウェーブのかかった長い髪になった。
「よいではないか!」
神殿の枢機卿にこんな髪型をした人を見たことがある。
ちょっとエロジジイぽい感じだが、本人は気に入ったようだ。
次にカラーコンタクトを渡すと、目の色はエメラルドグリーンになった。
肌の色は暗めの褐色を選択していた。
「あとは体型を補正する下着なのですが……」
「そんなものまであるのだな。さっそく着けてみよう」
陛下はそうおっしゃるとぱっぱと服を脱ぎ始めた。
マインバッハ伯爵もアニタも驚いた様子もない。
こんなことは慣れっこのようだ。
「全部脱いだ方がいいのか?」
「おそれながら」
陛下の裸なんか見たくないけど……。
全身タイツのようなスーツを着た陛下はかなり間抜けな姿であった。
「ぶっ!」
アニタは遠慮なく陛下の姿を見て噴き出している。
陛下もノリノリで自分の体を巨乳にしたりして遊びだした。
このスーツのすごいところは起動させると地肌のように質感が変化するところだ。
「これはおもしろいな!」
「陛下、その異様にでかい胸を触らせてください」
「おう、揉んでみろ、揉んでみろ」
二人はまるでアホな親子のようだ。
もうすぐ俺の義理の父親にもなるんだけど……。
結局、陛下は普段の身長よりも2センチだけ身長を高くして、全体的に細マッチョな体に変形させていた。
「ここまで、変化すると誰も余だとは気づかんだろうな。マインバッハよ平服を持ってきてくれ。ぜひ着てみたい」
「しかしながら……」
伯爵の抵抗もむなしく陛下は言うことを聞こうとはしなかった。
「堅いことを申すな。今夜くらいは楽しませてくれ!」
毎晩、お后様の間を巡って楽しんでいるくせに……。
マインバッハ様の持ってきた服を身につけると皇帝陛下は鏡の前で満足そうに頷いた。
「まるで20年前に戻ったようだ」
特殊ファンデーションのおかげで肌の皺も消えているもんね。
目の前にいるのはまるで若い下級騎士だ。
「よし、決めたぞ! 今宵はこのまま街に繰り出す」
「陛下!」
マインバッハ伯爵の悲痛な声が響いたが、アニタがのんびりと陛下を擁護した。
「よいではないですか。我々が陛下を護衛すればよいのです」
アニタはもう一度街へ遊びに行きたいだけとみた。
「ブレッツ卿! そなたはすぐにそのようなことを」
伯爵はアニタを叱りつけたけど、ロイヤルガードのリーダーとしては当然の反応だよね。
「マインバッハ、このような機会は滅多に訪れはしないだろう。余は久しぶりに市井の者の暮らしぶりを見たい」
「……承知いたしました。どうせ私が反対しても陛下は私に内緒でお出かけになられるでしょう。それならばご一緒いたす方がまだ気が楽というものでございます」
マインバッハ伯爵は苦悶の表情で了承する。
「レオも共に参るがよい。そなたに案内を申し付ける」
え~、俺も行くの?
昼間はフィルたちといっぱい街で遊んだからもう十分なんだけど……。
「そなたに見せたい場所もある。ついてまいるがよい」
陛下はそう言ってカーテンに隠れた隠し通路へと入っていった。
この宮殿にはこんな隠し通路が山ほどあるのだ。
護衛の関係上いくつかは俺も知っているが、すべてを把握しているわけではない。
もっともアリスは例のセンサーというやつを使って、その全貌を掴んでいるらしいのだが。
アニタが先導して通路を進み小さな部屋についた。
壁の棚には大量のカーテンが綺麗に畳まれて積み上げられている。
宮殿のカーテンは季節ごとに取り換えられるので、ここにあるのは夏物のカーテンなのだろう。
「陛下、よろしいのですか?」
マインバッハ伯爵が陛下に何かの確認をしていた。
「よい。レオも婿とはいえ王族の一員になるのだ。この通路の存在を教えても差し支えはないだろう」
陛下はそう言って俺の方へ向き直った。
「レオよ、これから見せる隠し通路は一部の王族とロイヤルガードしか知らない道だ。今宵は余が直々に案内してやるので、よく覚えて危急の際にのみ使うように」
「承知いたしました」
陛下が俺のことを家族と認めてくれたみたいで感動してしまったよ。
目頭が熱くなってウルウルきている。
だけど、ちょっと待てよ……。
危急の際とか言っているけど、陛下は単に夜遊びのために使ってるじゃないか!
ま、まあ、陛下がわずかな供回りのみで街へ出るなんて、かなり特殊な事態だよな……。
感動と呆れがない交ぜになった微妙な気持ちで陛下の後ろを進んだ。
目立たない掃除用具入れの小さな金具を一定の法則に従って動かすと、用具入れが横へとスライドして下へと続く階段が現れた。
脇には魔導ランタンがいくつもぶらさがっている。
四人が一つずつランタンを手に取り灯りをつけた。
四本の光の帯が暗い階段を照らし出していたが、階段は九十九折りになっているようで、先の方がどうなっているかは見えない。
アニタは大股でずんずんと進み、陛下もそれに続く。
振り返ると沈痛な面持ちのマインバッハ伯爵が最後尾を守っていた。
長い階段を下りきると、そこは地下水路だった。
川幅4メートルの人工の水路で、ランタンを近づけて確認したら水はゆっくりと流れていることがわかった。
目の前にはボートが浮かべられている。
「この場所は脱出路でもあるのだが、籠城の際は重要な水源の一つともなるのだ」
アニタに続いてボートに乗った陛下が教えてくれた。
マインバッハ伯爵が長い竿を持ちながら聞く。
「陛下、どちらの出口に向かいましょうか?」
「うむ。繁華街に近いロセム並木にしよう」
ロセム並木というのは街の中心街だぞ。
あんな所に出口があるのか?
アニタが前方をランタンで照らし、俺と伯爵が竿をついて船を進めた。
ロセム並木には一つの銅像が置いてある。
100年前の大戦で功名のあったナントカいう将軍の立像だ。
甲冑を纏って敵陣を睨みつけている姿は相当に厳めしい。
銅像は大きな大理石の台座の上にたっていて、台座は背の低い生垣に囲まれていた。
今、その台座の後ろの部分が開き、暗闇の中で四人の人物が地上に出てくるところだった。
「ふう……、ようやく着いたな。さて、どこに参ろうか」
陛下がつかの間の自由を満喫するかのように大きく深呼吸している。
表情もこれまで見たこともないくらい晴れ晴れとしているぞ。
「この時間ともなると、ほとんどの店は閉まっております」
マインバッハ伯爵の言う通りだ。
辺りはすっかり暗くなっていて開いている商店などどこにもない。
この時間にやっているのなんて飲食店くらいのものだろう。
「ふむ。ならば夜の街へと繰り出してみようではないか」
「夜の街でございますか?」
「うむ。庶民がどのような娯楽を求めているかを実地で調べてみるのだ」
それって、歓楽街に行きたいってことだよね……。
二本目は16時以降に投稿予定です。