75.ロイヤルガードの憂鬱
ラゴウ村での定番デートコースといえば森か池、時間が無いときは納屋の裏だったけど、店も少ない田舎ではそんなものだ。
場所が重要なんじゃなくて恋人同士が二人で居ること自体が大切だった。
ところが帝都ではそうはいかないらしい。
物が溢れている分だけ在りようも複雑になるみたいだ。
レレベル準爵の勧めでデートの移動には馬車を使うことにした。
フィルは庶民の暮らしぶりをよく見たいだろうから、屋根なしの箱馬車を用意してみたぞ。
きっと喜んでくれると思う。
皇女が屋根なしの馬車に乗るなんて結婚パレードの時くらいだもんね。
御者は万が一のことを考えて特戦隊のクロード伍長に頼んだ。
馬の扱いがとてもうまい人なのだ。
フィルには気が付かれないように特戦隊も100メートルくらいの距離を取って待機してもらうことになっている。
マルタ隊長にも話は通しておいた。
マルタ隊長にだってお世話になっているので、一緒に遊びに行きませんかと誘ったのだが、「自分には任務がありますので!」と真っ赤な顔で断られてしまった。
イルマさんもフィルたちに遠慮して同行はしないそうだ。
あの二人には今回とは別口でお礼をしないといけないな。
馬車に乗っているのがフィルだとわかってしまったら大騒ぎになると思うけど、そこら辺のことはちゃんと考えてある。
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名称: 万能コスプレセット。
説明: 髪の色・長さを自在に変えられるウィッグ。万能カラーコンタクト。お好みの肌色を演出できるファンデーション。バストとヒップのサイズを意のままに操る不思議アンダーウェア(ウェストサイズの調整には限界があります)。以上四点が入ったコスプレセットです。後は衣装を用意すれば憧れのあのキャラに変身できます!
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よくわからないが変装セットみたいなものだよね?
これで髪型や肌の色を誤魔化して騎士の服でも着れば、フィルとはわからないんじゃないかな。
まさか街の中に皇女がいるとは誰も思わないだろうしね。
出発は10時で、最初はアニタが行きたいと言っていたレバロー街の店へ行くことにした。
途中で気になるところがあれば寄ってみるのもいいだろう。
俺としてもフィルたちを連れていく店を二つ考えてある。
お昼の時間に合わせてレストランも予約した。
南方料理の店でレレベル準爵のお薦めだった。
「味も大事ではあるのだが、話題や雰囲気というのも同じくらい大切なのさ。南方料理なら珍しいし、料理についての話でなんだかんだと盛り上がれるだろう?」
とはレレベル準爵の言葉だ。
最初はお金にだらしない困ったオジサンだと思っていたが、最近はとても頼りになる。
店の経営者になってから少しだけしっかり者になったような気さえしてしまう。
♢
俺たちを乗せた馬車は宮廷の西門から街へと滑り出た。
足元には暖をとるためのストーブを置いていたが、そんなものなど要らないくらいよく晴れて穏やかな陽気だ。
通りの様子を眺めるフィルの顔も好奇心にきらめいていた。
全員が普段よりも簡素な服を着て、パッと見ただけだと普通の騎士の一団にしかみえないだろう。
「それでアニタ、行きたい店って何のお店なんだよ?」
「それはついてからのお楽しみだ。一緒に選んでレオが私にプレゼントするのだぞ」
「いいけど、あまり高いものはダメだよ」
恥ずかしながら、今の俺に金の余裕はない。
バルモス島で人工衛星を打ち上げてから、アリスの魔石消費量が一気に上がってしまったのだ。
魔力を大量消費する時空間接続で石川山播磨灘重工のアリス専用スーパーコンピューターに情報を処理させているかららしい。
どういうことなのか俺にはチンプンカンプンだけどね……。
「いい女は金がかかるのでございます。不二子ちゃんもそう言っておりました」
誰それ?
お友だち?
「なんでしたら私が立て替えておきますが……」
やめてくれ、フィル。
本当にダメ亭主になってしまう気がするよ。
早いところ以前から考えていた商売を開始しないとならないな。
まだ大丈夫だけどカルバンシアで魔物から採れた魔石を卸値で譲ってもらっていなかったら大変なことになっていただろう。
「そこの角を左に曲がってくれ!」
アニタが店の詳しい場所を御者のクロード伍長に伝えている。
そしてついた場所なのだが……下着の専門店?
店の造りは非常に高級で、売っている品も一流の物ばかりのようだ。
「アニタ……ここなの?」
「うむ。レオ好みに合わせてどんなものでも穿いてやるから遠慮せずに言うのだぞ」
そんなこと言われても……。
「まあ! とても面白そうなお店ですわね。こんなの初めて!」
フィルは天真爛漫に目を輝かせながら店内に入っていく。
アリスは平常運転だ。
俺とレベッカだけが顔を真っ赤にして立ちすくんでしまった。
「は、早く入りましょう」
「レベッカ?」
「こうして店の前に立っている方が恥ずかしいじゃない。さっさと行くわよ」
おっしゃる通りだ。
その日、俺は世の中には色々な下着が存在することを知った。
素材、色、デザイン、組み合わせは無限だ。
俺がどんな下着を皆と選んだかは敢えて言わないでおこう。
後ろから刺されてしまうかもしれない……。
アニタだけじゃなくてフィルやレベッカさえも何点か購入していた。
当然のようにアリスも何種類か持ってきた。
可愛いのからセクシーなやつまでいろいろだ。
最初の店で1時間以上かかって下着選びをしていたので、他のところに寄る余裕はなくなり、予約していたレストランに直行することになった。
南方料理は香辛料が利いた辛い料理や甘い不思議な食感のものなど、美味しいだけじゃなくて食べていて楽しい料理だった。
みんなでワイワイと食卓を囲むのも良かった。
店を出てからフィルを予定していたペンの専門店に連れていった。
ここには最近売り出されるようになったガラスペンが置いてあるのだ。
ペンといえば羽根ペンが普通なのだが、新しく開発されたこのペンはガラスでできていて、ペンの穂先に溝がつけてある。
この溝にインクが溜まることによって多くの文字が書けるそうだ。
ガラスには美しい色がつけてあって見た目も華やかだった。
フィルもペンが気に入ったのかはしゃいでいて、母上であるエスメラルダ様やカルロさんたちにもお土産に何本かを買っていた。
レベッカもイメージカラーの赤いペンを選んでいる。
「アニタは買わないの?」
「私は学生時代に親に金の無心の手紙を出したくらいだ。普段はあまり手紙なんて書かないからな」
いかにもアニタらしい答えだ。
でも、俺はトパーズ色のペンを一本取ってアニタに贈ることにした。
「これは俺からのプレゼントだよ。飛竜に乗せてくれてありがとう。本当に嬉しかったんだ」
「レオ……」
「三カ月したら俺はカルバンシアだろう? しばらくは会えないんだから手紙の一つも書いてほしいな。俺も書くから」
「……」
なに、アニタ?
少し呼吸が荒いんだけど。
「ハア……ハア……。レオ……」
「どうしたの?」
「剣を抜け」
お前はバカか!?
「いきなりどうしたんだよ!?」
「レオが私を興奮させるからだ。少し斬り合ったくらいじゃこの気持ちは抑えられそうもない!」
「落ち着けって!!」
全員でアニタを押さえつけて、馬車に放り込みなんとか宮廷まで戻ってきた。
その後、なぜかみんなで練兵場で訓練することになったがあれもデートの延長と捉えて良かったのだろうか?
アニタが満足するまで何回もつきあわされて俺もクタクタだ。
レベッカもマジックプロテインを飲みだしてから実力が上がってきて、今日はかなりいい動きをしていた。
フィルを寝室に見送って自室に戻る途中に俺は意外な人物に呼び止められた。
「カンパーニ男爵」
「これは、マインバッハ伯爵!」
マインバッハ伯爵はロイヤルガードのリーダーで長身の美丈夫だ。
年齢は42歳で物静かな印象を与えるが、その実力はアニタ・ブレッツに次ぐと言われている。
もちろんアニタとは違って常識というものを弁えたきちんとした人物だ。
「うむ。少しつきあってもらいたいのだが構わないかな?」
マインバッハ伯爵に言われれば俺に断れるわけがない。
だけど、どうしたのかな。
マインバッハ伯爵は少し不機嫌そうだ。
「どういった御用でしょうか?」
恐る恐る聞いてみた。
「皇帝陛下がお呼びなのだ」
なんだって!
やばい……フィルをかってに連れ出したことがバレたのかもしれない。
これはお叱りを受けるかもしれないな。
通された部屋には陛下が安楽椅子に腰かけていて、すぐ横にはアニタもいた。
やっぱり今日のことがアニタから陛下に伝わっているようだ。
「陛下……」
跪こうとする俺を陛下は手で制して呼び寄せる。
「いいからこっちに来い、レオ」
「はい」
重い足を動かして陛下の側まで行った。
「聞いたぞ。フィリシアたちと大変面白い店に行ったそうだな。こやつがそちの選んだ下着を見せびらかしにきたのだ」
おのれアニタめ~。
お前のせいで俺がお叱りを受けるんだぞ。
「なんでも変装用のアイテムを召喚したそうではないか?」
「ええ、まあ……」
「それを儂にも貸してほしいのじゃ。いま手元にあるのか? ん?」
呆然となる俺の横で、ロイヤルガードリーダーのマインバッハ伯爵が軽くこめかみを押さえていた。