74.レレベルの流儀
レレベル準爵の経営する「男の館 ハニートラップ」のあるエリアに到着する頃には、すっかり夜のとばりが辺りを包んでいた。
幾人かの客引きが声をかけて来たけど俺はそれを無視して歩く。
ラゴウ村なら自分に声をかけてくる人を無視するなんてとんでもないことだけど、ここではそれが普通だ。
考えてみれば俺も少しは都会に慣れてきたのかな?
アリスやレレベル準爵が教えてくれたのだが、世の中にはボッタクリ店というのがあるそうだ。
若くて綺麗なお姉さんを餌にして客を呼び込み、ビール一杯で5万レウンも要求するような店もあるらしい。
都会は物価が高いと聞いていたけど5万レウンは異常だよね?
でも、中には綺麗なお姉さんが相手をしてくれ、良心的な価格の店もあるとのことで、そういう店を探しあてる楽しみというのも存在するのだとレレベル準爵は言っていた。
俺にはよくわからないや。
角を曲がると前に会ったことのある支配人がいち早く俺の顔を認めて駆け寄ってきた。
「これはカンパーニ男爵、ようこそおいでくださいました。オーナーからいらっしゃるかもしれないとお話は伺っていました」
支配人は俺を静かな部屋へ連れていってくれた。
小奇麗な部屋では準爵一人が帳簿を眺めていた。
あらかじめ相談があると手紙を出しておいたから、今日はお酒の相手をしてくれる女の子たちはいないようだ。
……別にがっかりしていないぞ!
「お忙しいところを申し訳ございません」
「相変わらずレオ君は水くさいな。とにかく座ってくれたまえ。どうだい何か飲むかね? 食事は?」
そういえばまだ食べていないな。
相談のことばかりに頭が行っていて、夕飯のことは何も考えていなかった。
俺の様子を見たレレベル準爵はにこりと笑って、返事をする前に支配人に細々と言いつけている。
「小エビのサンドイッチとローストビーフのサンドイッチを二種類盛り合わせて持ってきてくれ。ピクルスとオリーブも小鉢に入れて。飲み物はワインでよろしいですか? 各種ビールやもっと強い酒もありますぞ」
「ワインをお願いします」
酒場の経営者だけあってレレベル準爵は人をもてなすのが上手だ。
少し強引なのだが楽し気に用意を進めていく。
支配人が出ていったのを見計らって俺もお土産を渡すことにした。
相談するうえにご馳走になるばかりでは申し訳ない。
「今日はレレベル準爵にお土産を持ってきたのです。異世界からの召喚物なのですが」
「おお! メダリアから話は聞いておりますよ。なんでも背丈よりも大きな巨人族のケーキを召喚されたとか」
前に召喚したウェディングケーキのことだな。
「余程気に入ったらしく、週に二・三度はそのケーキの話題を出すのです。まったくケーキに嫉妬してしまうほどですな」
そういえばメダリアさんのところにもしばらく行っていないな。
年末になったらフィルが公式に慰問に行くと言っていたからその時はまたウェディングケーキを召喚してあげるとしよう。
「本日お持ちしたのはケーキではないです。でも、このお店にはこちらの方が役に立つと思いますよ」
亜空間から少し大きめのアイテムを取り出した。
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名称: ポップコーンマシーン
サイズ:幅×奥行×高さ(㎜)550×430×720
説明: 材料を入れてスイッチ一つで美味しいポップコーンが出来上がります。撹拌・加熱・保温・照明が全自動。製造能力250g/2分。食べれば精神の高揚(微上昇)。
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突然に大きな箱のようなポップコーンマシーンがテーブルの上に出てきたのでレレベル準爵は腰を抜かしてしまった。
側面は全てガラスの板になっていて、箱の中は魔道灯で明るく照らされている。
天井から小さな鍋がぶら下がっていて、この中に硬い乾燥トウモロコシを入れると弾けてポップコーンになる仕組みだ。
レレベル準爵に渡す前にみんなで作ってみたけど、ポンポンとポップコーンがはじけるさまは見ていて楽しかった。
塩味にすればお酒にも合うし、準爵のお店でお客さんに振舞ったら人気が出るのではないかと思ったのだ。
それにポップコーンに使うトウモロコシは家畜の飼料用の種類だから原価がほとんどかからないのだ。
お皿に山盛り作っても材料費は1レウンくらいじゃないだろうか。
俺もこの種類のトウモロコシを鶏にやっていたもんね。
このトウモロコシを食べると、ヤバい薬でも入ってるの? てくらいウキウキした気分になるし、お店の方も盛り上がると思う。
アリスがキャラメルを絡ませたポップコーンも作ってくれたけど、これはちょっとクセになる美味しさだった。
フィルが喜んで食べていたけど、皇女殿下に家畜の餌を食べさせて大丈夫だったのだろうか?
「素晴らしいよレオ君! さっそく店の方で使わせてもらうとしよう!」
俺もデートコースのアドバイスを受けるのも忘れてポップコーンをハニートラップの方に設置するのを手伝ってしまった。
出来上がったポップコーンは店のお姉さんたちがお客に配って大盛り上がりを見せていた。
「ありがとうレオ君。お蔭でこの店の新しい名物がふえたよ」
いつもよりも活気があり、お酒の注文も多くなっている店内を見てレレベル準爵も満足そうだ。
「すっかり時間をとられてしまったね。君の相談を聞かなければならないというのに申し訳ない」
俺たちは先ほどの部屋へ移動して、ようやく落ち着いて運ばれていた食事に手を付けた。
マヨネーズを絡めた小エビとスライスオニオンのサンドイッチがとても美味しい。
「それで、悩みがあるそうだね。恐らくは恋の悩みだろうが」
「まあ、それに近いものです」
レレベル準爵は優雅なしぐさでグラスに白ワインを注いでくれた。
キリリとした辛口のワインで小エビによくあう。
「人の悩みなんて人間関係か金銭関係くらいなものさ。たまに真面目な人が信仰の悩みを持ち出すが、そんな高尚な悩みを私の所へ持ってくるはずもない」
正直にフィルたちを連れて遊びに行きたいのだがよい店の情報を教えてくれと頼んだ。
「まったく、レオ君には敵わないな。フィリシア殿下だけではなく、アニタ・ブレッツ殿やレベッカ・メーダ殿もご一緒とは」
「皆が楽しめる店がいいのですが、どうすればいいのか……」
「もちろん私が知っている店は教えるがね……、大事なのはデートの相手を上手に褒めて、その人の話をきちんと聞くことだよ」
話をきちんと?
「そう、場を盛り上げて女の子たちが喋りやすい状態にもっていくのさ。そのうえで絶対に相手を否定せずに上手に相槌をうつ。たまに気の利いたコメントを挟みながらね」
レベルが高すぎるぞ。
うまくできるかな?
だいたいフィルやレベッカは常識人だからいいけど、アニタやアリスの言うことを全て肯定していたら人生が破滅してしまうと思う。
「そしてじっくりと話を聞きながら酒を飲ませるのさ」
「お酒ですか?」
「楽しませるためにはこれが一番なんだよ。酒は心を理性から解放してくれるからね」
俺たち五人でお酒?
大変なことになりそうな気がする……。
「やっぱり、女の子をベッドに誘うには酒の力を借りるのが一番なのさ」
「そういうのが目的じゃないんですけど……」
4人もいるのにどうしろというのだ。
「まあ聞き給え。女の子に言い訳を用意してやるのも男の務めだぞ。『あの時は酔っていたから……』とこんな感じにな」
だんだん当初の目的から外れていってるけど、もしかしてレレベル準爵は酔っぱらっている?
「だいたい、まるっきり気の無い男とデートなんかしてはくれないもんさ。だったら男も少しだけ強引にならないとダメだぞ」
フィルに対してはそれでいいのだけど、他の人たちは楽しんでもらうだけでいいのだ。
上機嫌で新しいボトルをあけるレレベル準爵を横目で見ながら、俺は中々決まらないデートコースに頭を悩ませるのだった。