72.飛竜の背に乗り
会談場所となった亜空間は異様なところではあったけど、主役であるフィルとクリスティアナ姫はとても和やかな雰囲気で挨拶を交わしていた。
姫のお付きとして30人以上の護衛がやってきていたけど亜空間の中は1ヘクタールの広さがあるので何の問題もない。
「さあ、こちらにお掛けになってください。ご一緒にお茶でもいかがですか?」
いかにも打ち解けた雰囲気でフィルがクリスティアナ姫に椅子を勧めていた。
インベントリバッグに詰めてきたお菓子やサンドイッチをアリスがしずしずと紅茶と一緒に並べていく。
帝国式のお茶会はサンドイッチ・スコーン・デザート(ケーキなど)などが供せられ、寒い時期はこれにスープなどもついたりする。
帝国貴族の女子会ではこんなティーセットを用意するのが流行なのだ。
フィルは帝国式のおもてなし、しかも寛げるような気軽な感じを出すために、あえてティーパーティー的な肩肘の張らない演出をしたようだ。
「とても素敵なカップですわね。紅茶もいい匂い。これはキュウリのサンドイッチですか?」
今は真冬なので、この季節に温室栽培のキュウリを食べるのはとても贅沢なことなのだ。
「ええ。こちらはカンパーニ男爵の親友であるデカメロン準爵が栽培されたキュウリでして、とても美味しいのですよ。是非召し上がってくださいね」
そっか、俺の留守中に持ってきてくれたんだな。
エバンスはたまに自分が作った野菜を持ってきてくれるのだ。
温室のおかげで真冬でも貴重な野菜が取れるようになり陛下も喜んでいるらしく、来年は温室の規模を広げる新たな予算を与えられたとエバンスも嬉しそうだった。
いろいろな作物を栽培するのが楽しいようで今の役職を天職のように思っているみたいだ。
新しい種が召喚できたらすぐにでも持っていってやらないといけないな。
「クリスティアナ姫は留学とお聞きしましたが、どちらかの学院で学ばれるのですか?」
「はい。ベルギア中央学院に入学を認めていただきました」
「まあ! 私も中央学院の卒業生なのですよ」
共通の話題を見つけて姫たちの会話も盛り上がってきている。
はしゃいでいるクリスティア姫の様子に少し緊張していた臣下の人々の表情も和やかになっていた。
「フィリシア様、本当は私ずっと帝国への留学が不安でたまらなかったのです。ですが、このように親切な姫殿下がいると知って安心いたしました。これからも仲良くしてくださいませね」
「もちろんですわ。わからないことや困ったことがありましたら何でも相談してください」
フィルも年の近い友人ができて嬉しそうだ。
「今日は図らずもフィリシア様にお会いできて本当に実りある日となりました。これは私からの感謝と友情を込めた贈り物です。どうぞお納めください」
クリスティア姫が小さな小箱をフィルに手渡した。
「素敵なペンダントです」
「それはシャムラック・ペンダントと申しましてレイルランドでは縁起物として非常にポピュラーな物なのですよ」
シャムラックは四つ葉のクローバーをモチーフにした宝飾品で、レイルランドでは男女問わずに好まれるデザインだそうだ。
フィルが贈られたペンダントはクローバーの一枚一枚が小さなエメラルドでできていて美しくきらめいている。
「素敵なペンダントをありがとうございます。でも、友情の証とおっしゃるのでしたら私も返礼をしないといけませんね。レオ、例の品を」
こういうことも充分考えられたので俺たちはあらかじめ返礼品を考えてあった。
それは以前に俺が召喚したアイテムの一つだ。
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名称 ムーンドロップ・ペン・ペンダント(M・P・P)
説明 特殊なインクが入ったペン。小さなペンがペンダントトップになっている。このペンを使って新月の晩に願い事を紙に書く。特殊なインクで書いた文字は何が書いてあるかはわからないが、満月の晩に月の光に当てると文字が反応して読めるようになる。すると願い事が叶うと言われている。
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アリスの話では、かつて占いグッズとして女子高生を中心にカルト的な人気を博したグッズらしい。
インターネット販売? はなく、実売されたのは限定300個のみ。
あまりの人気に偽物が大量に出回ったといういわくつきの品だそうだ。
しかも製造者や販売元共に詳細は全くわかっていないらしい。
そんな怪しげなものを使って大丈夫なのか不安だったが、この製品による事件などは起こってないそうだ。
せいぜいがM・P・Pが欲しくて起こった恐喝事件や窃盗事件くらいだそうで、製品自体による呪いなどの話は噂を含めてまったくなかったとのことだった。
「そもそもM・P・Pはささやかな望みしか叶えてくれないのでございます」
「ささやかな望みって?」
「美味しいお寿司が食べたいなぁとか、好きな男の子と一緒に帰れたらいいなぁとか、その程度の願望が現実になるだけなのです。しいて言えば手を繋ぐとかまでは叶えてくれるのですがキスとなるとダメとか、宝くじの1等は無理でも、カリカリ君の当たり棒は出るとかです」
アリスの説明はよくわからない。
宝くじってなんだろう?
カリカリ君ってだれよ?
まあ、本当にちょっとした願望だけが現実になるということのようだ。
しかもその程度の願いでも新月から満月までおよそ半月も待たなければならないらしい。
正直に言ってしまえば意外と不便だと思う。
だけど不思議なインクだし、それなりに効果があったから人気だったのだろう。
ちょっと珍しいし、希少なものだからプレゼントとしては丁度よかったかもしれない。
「満月の光にしか反応しないなんて面白そうですね。次の新月にさっそく使わせていただきます!」
クリスティア姫も喜んでいるようなので良かったな。
お姫様というのは、その身分故に意外と窮屈な暮らしを強いられることが多い。
ムーンドロップペンでちょっとした息抜きができればいいと思う。
飛竜の背に乗り込む俺たちをクリスティア姫をはじめとしたレイルランドの皆さんが見送ってくれた。
俺もフィルと一緒に一足先に飛竜で帰ることにしたのだ。
一度でいいから空を飛んでみたかったしね。
「オーブリー卿、帝都に到着したらぜひご連絡を!」
「はい。その時はブリューゼルの街を案内してください!」
オーブリー卿が来たらエバンスも誘ってたまには男だけで遊びに行きたいな。
脳裏にレレベル準爵が経営する「男の館 ハニートラップ」が浮かんでしまったがあそこはダメだよな。
でも、レレベル準爵を誘うのはいいかもしれない。
あの人は俺の知り合いの中では一番帝都に詳しそうだ。
面倒見もいいし、いろいろと教えてくれそうだもんね。
飛竜は助走をつけて砂浜から空中へと舞い上がった。
兵士たちは武器を打ち鳴らし、姫たちは手を上げて俺たちを見上げている。
見る見るうちに地上は遠くなっていき、これまで体験したこともないような速度で俺たちは進み始めた。
「レオ、これがドラゴンの見ている世界だ! 素晴らしいだろう‼」
初めてアニタの言うことに対して素直に頷くことができた。
「こちらに来てみろ。手綱を握らせてやる」
思わずフィルの方を見たら、「仕方がないですね。許してあげます」という笑顔で頷いてくれた。
俺たちはドラゴンの背中につけられた鞍に一列に並んで座っていた。
先頭はアニタで次にフィル、その後ろに俺で最後尾がレベッカだ。
定員の関係で、アリスには亜空間に入ってもらっている。
飛竜に取り付けられた鞍はマジックアイテムであり、この鞍がシールドを作っているので風が当たることはなく、搭乗員の落下も防止してくれる。
だけど飛行中の竜の上を歩くのはちょっとだけ勇気が必要だった。
アニタが振り向いて手を引っ張り、俺を自分の股の間に座らせた。
「絶対に怯えるな。ドラゴンは弱い奴の言うことは聞かない。堂々と自信をもって手綱を引くんだ」
「わかった」
戦闘術で鍛えた呼吸法を使って肩の力が抜けたリラックスした状態を作り出す。
そして軽く右の手綱を引いた。
ドラゴンは俺の意図したとおりに右へと旋回していく。
「いいぞ、レオ。その調子だ。次は下降と上昇のやり方を教えてやる」
「うん! 頼む」
「その代わり、ブリューゼルへ帰ったら私をデートに連れていくのだぞ」
えーと……まあいいか。
だって、ドラゴンを操ってみたいんだもん。
一応、アニタも婚約者だしな。
とりあえずはフィルも一緒にみんなでどこかへ行けばいいだろう。
俺とアニタとアリスがいれば滅多なことは起こらないしね。




