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71.二人で持ち上げて

 俺とアリス、レベッカは砂浜で飛竜の到着を待った。

島に近づくほどに飛竜の姿は大きくなり、今や6メートルを超えるその体躯は上空で翼を羽ばたかせながら空中停止している。

そして着陸態勢に入った飛竜は最後に一つ大きく羽ばたいて、周囲に砂をまき散らしながらバルモス島の浜辺へと降り立った。


「レオ!」


 白銀の鎧と寒さから身を守る火炎マントに身を包んだフィルが飛竜から飛び降りてくる。


「殿下、このような場所まで御身を運ばせ申し訳ございません」

「そのようなことは良いのです。レオの方こそ大事無いのですか?」


 俺は少しだけ体を寄せて小声で囁いた。


「ごめんね、心配かけて」

「ううん、いいの。レオが元気なら……」


 まさか飛竜まで使って来てくれるとは思ってもみなかったよ。


「殿下、この飛竜は?」

「レイルランドの王族が襲われたということで、特別に陛下にお許しをいただいて様子を見に来たの」


 そうだったのか。

この寒い中を竜騎士の方にも苦労を掛けてしまったな。

さっそく温かい飲み物でも用意して差し上げないといけないだろう。


「竜騎士の方もどうぞこちらへ。体が温まるものを用意しましょう」


 そう声をかけると、それまで黙っていた黒い甲冑の騎士が立ち上がった。


「ふふふ、今日のレオは優しいのだな」


 こ、この声は……。

騎士が兜を脱ぎ去ると漆黒の髪が零れ落ちた。


「レ~オ~、私も来たよ~」


 病気のように青白い顔、くっきりと表れた目の下のクマ。


「ブ、ブレッツ卿!」

「ふふ、相変わらず他人行儀な口をきくのだな」


 死神アニタが不気味な笑みをたたえていた。


「ど、どうして貴方が飛竜に乗っているのですか!?」


 アニタはキョトンとした顔でこちらを見つめる。

そしてさも当然といった感じで説明した。


「私は元々竜騎士だ。そこから抜擢されてロイヤルガードになったのだから飛竜に乗れるのは当然というものだろう」


 竜騎士っていうのは……。

竜騎士っていうのはベルギア帝国に住む少年の憧れなんだぞ! 

強くて、カッコよくて、正義のヒーローで……。

それなのに、よりにもよってアニタが竜騎士だったなんて!


「どうだ? 私ってばエリートだろう?」


 本当に意外だよ! 

なんか俺の中で少年の心が死んだ気分だ。

だけどアニタはこちらの気持ちなど意にも介さずに嬉々として喋り続けた。


「さあ、婚約者が二人そろってやってきたのだ。少しは落ち着ける場所で話そうではないか。ねえ、殿下」


 アニタの言葉にフィルも苦笑するしかない。

フィルの降嫁はアニタとセットだと陛下にも言われている。

陛下はあれでアニタのことを気に入っているので、こいつの我儘を聞き入れてしまったのだ。


「ブレッツ卿、レオとの積もる話もありますが、まずはレイルランドの姫との会談が先でしょう。どうやら様子を見に誰かがこちらへいらっしゃるようですよ」


 飛竜が浜辺に着陸したことで、レイルランドの船の方でも甲板に人だかりができている。

既に上陸用のボートが下ろされてこちらへ使者がやってくるようだ。

ボートにはオーブリー卿も乗っていた。


「おはようございます、カンパーニ男爵」

「おはようございます、オーブリー卿。我が主、フィリシア殿下をご紹介しましょう」


 俺がそう言うと、オーブリー卿は即座に砂の上に膝をついた。


「そのように畏まらなくてもよいのです。お立ちなさい、オーブリー卿」


 フィルの言葉にも生真面目なオーブリー卿はそのままの姿勢で頭を下げる。


「いえ。まずはお礼を申し上げさせてください。昨日私共は殿下のプリンセスガードであるカンパーニ男爵方に命を救われました。私一人では返しきれないほどの恩を受けているのです」

「クリスティア姫がご無事で何よりでしたね。さっそくにも姫にお会いしたいのですが、ご都合はよろしいでしょうか?」

「もちろんでございます。クリスティア姫も殿下がこの地においでくださったことを聞けばお喜びになるでしょう」


 こうして二国の姫様が会うことに決まったのだが、問題が一つある。

フィルとクリスティア姫はどこで会談したらよいのだろう? 

バルモス島にはハッキリ言ってなんにもない。

あるのは壁の無い川沿いの露天風呂だけだ。

裸の付き合いなんて以ての外だし、だからといってこの寒空の下で皇女と王女がお話をするなんてあり得ないことだ。

ゲストであるレイルランドの船にお邪魔するというのもどうなんだろう? 

物置は……やっぱりまずいよね。

家具とかは高級なものを揃えて置いてあるけど、かなり狭いしお姫様を迎えるのには向いていない気がする。


「だったら、亜空間の中に入ってもらえばいいではないですか」

「でもアリス、広すぎないか?」


 あそこは1ヘクタールの広さがあるのだ。

熱くも寒くもなく人間の出入りも可能だけど、床も壁も天井も黒いタイルのようなものが張られたような殺風景な空間だ。

タイルの目地の部分だけが白くて、そこが発光して明るくなっているので暗くはないのだが、初めて入る人にとっては落ち着かない場所かもしれない。


「他に適当な所がないのですから贅沢は言えないでしょう。物置の家具を移せば多少は落ち着けるのではないですか」


 代案も思いつかないしアリスの言う通りにするしかないな。

 俺が念じると目の前に亜空間に通じるいつものドアが現れた。


「オーブリー卿、こちらを会談の場所に使おうと思うのですが構いませんか?」

「ここは……」

「私が作り出した亜空間です」


 オーブリー卿は中を見て驚嘆していたが、安全であることがわかるとクリスティア姫との会談場所として認めてくれた。


「それじゃあ家具を運び込もう。レベッカとブレッツ卿も手伝ってよね」

「仕方がないなぁ」

「うむ。私ができる嫁というところを見せておくのも悪くないか」


 二人はすたすたと物置へと歩いていく。

俺も腕まくりをして準備を整えた。

驚いているのはオーブリー卿だ。


「えっ!? 皆さんが家具を運ぶのですか?」

「ええ、他には誰もいないので」


 考えてみれば男爵と左翼府総監とロイヤルガードが家具を運ぶのは珍しい光景かもしれない。


「私、家具を運ぶのなんて初めての経験だわ」


 レベッカは無邪気に笑っている。

箱入り娘だもんね。

普通の貴族のお嬢様ならそんな経験はあるはずもない。


「私もないぞ。討伐した大型魔獣なら何体も担いだことはあるが」


 ドヤ顔で俺を見られても反応に困るよ、アニタ。

アニタ・ブレッツも貴族出身だから家具の搬出経験なんてあるわけないか。

そういうのは使用人の仕事だもんな。


「あの、私もやった方がよいのではないですか?」

「フィリシア殿下はダメです!」


 さすがにオーブリー卿の前でフィルにやらせるわけにはいかない。

疎外感を感じているのかフィルは少し拗ねた顔をしていた。


「みなさん! 船から人を呼んでやらせますので少々お待ちください!」


 オーブリー卿はそう言ってくれるけどお客さんがたにそんなことをさせるわけにもいかない。


「大丈夫ですよこれくらい。すぐに終わりますから」

「な、ならば私も手伝います!」


 オーブリー卿はそう叫んでソファの一つを持ち上げた。

鍛えているようで三人掛けのソファを軽々と持ち上げている。

さすがは姫の護衛騎士だ。


「身体強化魔法の使い方がうまいですね」

「お褒めに与り光栄ですが、素直に喜べませんよ」


 オーブリー卿は苦笑していたが楽しそうでもあった。


「オーブリー卿にこんなことをさせて叱られないですか?」

「何をおっしゃるのですか! 皆さんはクリスティア殿下をもてなすためにこのように働いてくださっているのではないですか。ならば私がご一緒に汗を流さないでどうします!」


 オーブリー卿って超イケメンなのにこういう気さくなところもあるんだよね。

友達になれたら嬉しいな。


「クリスティア姫はしばらく帝都に滞在されるんですよね?」

「はい。留学期間は2年を予定しております」

「その間、オーブリー卿もブリューゼルに?」

「もちろんです」


 俺はオーブリー卿が運んでいるソファの片側に手をかけた。


「でしたら、非番の日は私のところにも遊びに来てくださいね。帝都をご案内しますよ」

「それは嬉しいお申し出だ!」


 俺たちは協力してソファを運んだ。

そんな俺の耳にアリスの呟きが聞こえてくる。


「対象を攻略キャラと認定します。BLでございますか……やる気100倍!! でございます」


 またもや謎の二文字が出てきたが、今回も不吉な響きを放っていた。


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