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70.本末転倒

 何度か同じ警告をしたのだが、ブリタリアの船は進行方向を変えることも、速度を緩めることすらもしなかった。

それでももう一度と思っていたら船からファイヤーボールとライトニングアローが発射された。

攻撃魔法は浜辺まで届くこともなく、海の上で霧散してしまったけれどブリタリアの意志はよくわかった。


「レオ様、もうよろしいのではございませんか?」


 アリスが聞いてくる。


「レオ、これだけの警告をしたのよ。ここは貴方の領地であり大義はこちらにあるわ」


 レベッカも同意見のようだ。


「わかった。だけどなるべく死傷者は出したくない。船に軽く穴を開けるくらいで頼む。それでも無理を押し通してくるというのなら俺も覚悟を決めるよ」

「承知いたしました」


 アリスが頷くと同時にスルスミの砲塔がブリタリアの船へと向けられた。

既にアリスとスルスミのリンクは完了しているようだ。

俺には理解しがたいのだが、衛星を打ち上げたおかげで機銃の命中精度もさらに上がったそうで戦力差は圧倒的だ。

最後にもう一度だけ警告しておこうか……。


「これより  攻撃を  開始する。  ブリタリアの  諸君は  備えられよ!」


 スピーカーで増幅された俺の言葉が海に吸い込まれて一呼吸後にスルスミの機銃が短く火を噴いた。

正面の艦隊から甲高い音が聞こえてきたが、どうやらそれは銃弾がマジックシールドを突破した音だったようだ。


「確認しました。攻撃はシールドを突破。船体に穴が開きました」

「すぐに沈むことはないよね?」

「はい。船の中はいくつかのブロックに分かれています。今の攻撃だけで沈没するということはございません」


 アリスは攻撃を続け、4隻全てに穴を開けていく。

しばらく様子を見守っていると徐々に船のスピードが落ちていくのが分かった。

やがて、ブリタリアの船は進路を変えて西の方角へと舵を切った。

 レイルランドの人々から歓声が上がる。

ブリタリアはどうやら引き上げてくれる気になったようだ。

アリスが威嚇と称してミサイルランチャーを船の近くで爆発させたおかげかな?


「カンパーニ男爵、本当に感謝します!」


 すぐ横にいたオーブリー卿が丁寧に頭を下げてきた。


「騎士として受けた御恩には必ず報いる所存です。私にできることがあればいつでもおっしゃってください。命に代えても応えましょう!」


 オーブリー卿は真面目だなぁ。


「そのお気持ちだけで充分です。それに私には他人事ではありませんでしたので……」

「どういうことですか?」

「私は第十八皇女フィリシア殿下のプリンセスガードなのですよ。オーブリー卿のお気持ちはよくわかるつもりです」


 そう言うと、オーブリー卿は納得したように大きく頷き、俺たちは硬い握手を交わした。


 宿泊する場所もないので、クリスティア姫たちは自分たちの船へと帰っていった。

さすがに一国の王女を物置小屋に泊めるわけにはいかないもんね。


「どうアリス、ブリタリアの船はちゃんと離れていった?」

「はい。再来襲してくる恐れはなさそうです」


 アリスには引き続き偵察衛星で船の監視をしてもらっていたのだ。

万が一のことも考えていたのだが杞憂きゆうだったようだ。


 レイルランドの船は早速修理が始まったようだ。

船大工が言うには明後日には出発できるらしい。

俺たちもオプトラル・クルメック号を待って帰還することになるだろう。

レモッツ船長が戻ってくるまで早くても四日くらいかな? 

ほんの二・三日のつもりで来たのだが、思わぬ長逗留になってしまいそうだ。

帝都の方は社交シーズンなので本当はフィルの護衛としてあちらこちらのパーティーへ出向かなければならなかったのだが、とんだ迷惑をかけていることになる。

帰ったらよく謝っておかないといけないな。


「こんなことになるなんて思ってもみなかったよ。フィルに連絡をとれたらいいのだけど、絶海の孤島じゃどうしようもないもんね」


 ほんの愚痴のつもりでこういったのだがアリスは思わぬことを言ってきた。


「双方向の会話は無理ですが、スルスミの通信装置を使えば、衛星経由で特戦隊の使う無線機に音声を届けることは可能ですよ。誰かが無線機のスイッチをオンにしていればの話ですが」


 原理はよくわからないけど試すだけ試してみるか。


 時刻は既に夜になっている。

誰かが起きて通信装置のパワーをオンにしていてくれればいいのだが……。

スルスミの座席に座ってマイクに声をかけた。


「こちらはカンパーニだ。これを聞いている特戦隊の隊員がいたら、今から俺のいうことをメモしてマルタ隊長に届けてほしい。繰り返す――」


 俺はマイクに向かってバルモス島へ着いたこと、そこでハーピーと戦闘になったこと、翌日にはブリタリア船団に追われていたクリスティア姫たちを保護したことなどをマイクに向かって話し続けた。

もちろんスピーカーから返事の声は返ってこない。

凍える冬の夜の下、独白のような俺の通信はひっそりとスルスミのコックピット内に消えていく。


「最後にフィリシア殿下に伝えてほしい。かように多忙な時期に私の我儘でお側にいられないことを甚だ心苦しく思うと」


 そう言って俺は通信を終了した。

この通信が届いているかどうかはわからない。

だが、もし届いていれば、俺の帰還が遅くなったとしても心配だけはかけないで済むはずだ。


(フィル、ごめんね)


 心の中でもう一度謝ってからシートを倒した。

今夜はここで眠るつもりだ。

スルスミの全方位モニターのおかげで冬の星空がくっきりと見えている。

箒座の横の星団を見つめているうちに俺はいつしか眠りに落ちていた。


 断続的に鳴る警告音に俺は目を覚ました。


「おはようございますレオ様」


 すぐ眼の前にアリスがいて、俺を見つめている。

顔と顔の距離は50センチも離れていないだろう。


「何をしているの? こんなに近くで……」

「寝顔を観察しておりました」


 そうですか……って、さっきから警告音が鳴ってるんですけど。


「何か異常事態みたいだよね?」

「たいしたことではございません。ドラゴンが高速でこの島に向かってきているだけでございます」


 それって大変なことじゃないか! 

先日のハーピーなんか比べ物にならないくらいの危機だぞ。

スルスミの戦闘力だって、相手がドラゴンとなるとどの程度通用するか判断できないのだ。


「すぐに皆に知らせないと!」

「大丈夫でございますよ。心配性のお姫様が自分のプリンセスガードの身を案じて、本末転倒の働きをしているだけですから」


 えっ?


「もしかしてフィルが来るの?」

「そのようでございますね。帝国軍の飛竜に乗って時速220キロで接近中です。到着まであと一五分もないのですからさっさとお顔を洗ってくださいな」


 大急ぎで身なりを整えた。

久しぶりに会うフィルに無様な姿は見せたくない。

川まで行くのももどかしく、亜空間から飲料水を取り出して顔を洗う。

そのままアリスに鏡を持ってもらい髪をとかした。

もうすぐだ、もうすぐフィルに会えると思うと鏡の中の顔が自然と笑顔になっていた。


「久しぶりに殿下に会えるからご機嫌ですね」

「それはもうね」

「ここなら人の目も少ないので普段よりも踏み込んだコミュニケーションがとれるのではないですか?」


 そうなのだ。

宮廷内だとどこに人の目があるかわからないからあんまりイチャイチャできないんだよね。


「スルスミの中なら誰にも見られずにいいことができると思います」

「レイルランドの人もいるのにそんなことできるわけないだろう!」


 レベッカだっているんだし……。


「全方位モニターをオンにしながらすると開放的な気分に浸れると思ったのですが……」

「何の話をしているんだよ?」

「その昔、ヤマト国にはマジックミラーを搭載した自動車というものがございまして……」


 アリスの話はそこで打ち切りになった。

水平線の先に朝日を浴びたドラゴンの姿が見えたのだ。

 飛竜は空の王者の風格を漂わせながら、気持ちよさげに雲がたなびく朝日の下を滑空している。

身体強化で視力を上げてみると、竜の背には竜騎士と白銀の鎧をつけたフィルの姿が確認できた。

俺は大きく手を振りながらフィルを迎える。

フィルの方でも俺の姿を認めたのだろう、やはり手を振り返してくれた。


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